欺瞞?
抱かれた腕の中でようやく落ち着いた私に、お母さんはそっと囁いてくれる。
「少しお日にちが経っているし…まずは…弔問にお伺いできるかどうか聞いてみましょう。 陽葵、スマホは出せる?」
マーちゃんは私のスマホから安岡くんへ向けて“私の母親”としてのメッセを出してくれた。
ふたりして、その返事を待つ間、お母さんはりんごとバナナを使ったミルクセーキを作ってレンチンし、はちみつを垂らして出してくれた。
口を付けると…温かい甘さが染み込んでいく。
「マーちゃん ありがとう」
「ふふ、その呼び方は…キスが欲しいのかな?」
そう言いながらお母さんは私のくちびるをついばんで
「白いおひげも甘いね」と笑った。
そうなんだ…
私はきっと無意識に
すべてを求めていた。
そしてお母さんは
“母として恋人として”応えてくれたんだ。
温かいカップに両手を置いてお母さんの胸に甘えているとスマホがメッセの到着を知らせた。
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安岡くんのおうちのある六小の“学区”はマーちゃんが住んでいたアパートがある旧市街側だった。
『水曜日の夜なら主人もいますし構いません』と指定されて送られてきた住所は外観がキレイにリフォームされたマンションだった。
部屋によってドアのカタチやドアフォンのタイプが異なるのは…きっとリフォームの時期がおのおの違っていたからなのだろう。その中でも安岡くんのおうちは真新しかった。
お母さんがドアフォンを押して名前を告げるとドアが開いて男の人が顔を出した。
「息子の為にわざわざお越しいただきありがとうございます。妻は今、少し臥せっていてご挨拶ができず申し訳ございません」
「いえ、そう言ったご事情の中、お邪魔してしまい申し訳ございません」
親同士の一連のやり取りの後、通された部屋には“後飾り”と言うらしいのだけど…祭壇がしつらえてあって、私たちはお鈴を鳴らして遺影と遺骨に手を合わせた。
前もって『遺書の事は伏せておこう』と打ち合わせていたので、私もお母さんも“突然の痛ましい事故”として安岡君の死を悼んだ。
『いつまで玄関に居るの?! あなたが居なくちゃできないのに!!』
廊下を、切羽詰まったヒステリックな声と足音が通り過ぎて取って返し、ガバッ!と女の人が顔をのぞかせた。
その女の人は肩のあたりで髪が暴れていてキャミ?の肩紐も外れていた。
「あら、隆一の為に来てくれたの? ありがとう」
そう言いながらも…とてもバツの悪そうな顔をして顔を背ける“お父さん”に腕をのばして首に絡め、しだれかかったそのひとは…間違いなく安岡くんのお母さんなのだろう…
「これから隆一を産みなおすの。だからまた、仲良くしてあげてね」
そう言って“お父さん”に甘える仕草をすると…はだけた胸元からまあるいふくらみがこちらに見えて
私はとても怖くなった。
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そそくさとお暇した帰り道、お母さんはずっと険しい顔で、私は私で夜の闇にも恐怖を感じた。
ようやくたどり着いた我が家のリビングの明かりを付けて、ソファーに二人並んで座り、ホッとして抱き合う。
「私…安岡くんにきちんとお話できなかったかも」
「そうね…そうだね」
「でね、安岡くんのお母さんの事なんだけど…やっぱり…怖く思った」
こう言うとお母さんはため息をついた。
「メールにお返事くれたのは安岡くんのお母さんだと思うの。だから実際お会いして…私もすごく違和感があって…ずっと引っ掛かっていて…陽葵、もう一度、ノートを見せてもらっていい?」
ノートを読み返したお母さんは…また青ざめてしまった。
「でも!! まさか!! そんな!! じゃあ わざとなの??!!」
なにがお母さんを震えさせるのか…この時は私もまだ理由が分からずに…ただただ、震えるお母さんを抱きしめていた。