りんごのきもち ③
「陽葵」とマーちゃんが膝の上に手を置いてくれて、私はようやく柔らかな色の木製のフォークをお菓子に挿し入れた。
「いいですね… 女の子はたおやかで」
と“お母さん”がマーちゃんに話し掛け…二人の間で会話が始まる。
「男の子は元気がいいですか?」
「ええ!もう! じっとしてくれないから!強く抱きしめて捕まえないと、すぐ飛んで行ってしまう」
「お母さんとしてはとても大変なのですね?」
「そうなの…だからこうやってお腹の中からしっかり抱きしめておくの」
そう言いながら“お腹をあやす”…“お母さん”の眼差しは優しいのにどこか“熱”のような物があって…きっとマーちゃんもそれに気付いたのだろう…私の膝の上に置かれた手がキュッとして、私は私で…背中がひんやりした。
「もう男の子だとお判りなんですか? 今は10週からでも分かる検査があるそうですが…」
「そんな保険外診療なんていたしませんわ。不確かだし…」
「じゃあどうして…?」
「お分かりにはならないかもしれないけど…必然だからですわ」
「必然?」
「今、私のお腹の中に居るのは隆一なのだから…」
「『!?』」
思わず私とマーちゃんは…顔を見合わせてしまった。
でも“お母さん”は静かに微笑んでいる。
「今度はちゃんとした子供になれるように私は隆一をお腹に戻したの」
私…何かがこみ上げてくる気がして、思わずゴクリ!と飲み込む。
今度は明確に…背中を冷や汗が流れる。
マーちゃんの手も凍り付いている…
“お母さん”は…
何を言おうとするの??!
「分からなくていいのよ。ええ! ちっとも!…
あの子が…隆一が私の中に戻って来たのだから…その抜け殻が消えていくのは必然。
あなた方もセミのぬけがらを見たことがあるでしょう? 驚くほど形はしっかり残っているけれど…中身は何もない…いずれはどこかへ消えてゆく…
生き物には当たり前に起こる事が当たり前に起こっただけの事」
この人は!
この人は…何を淡々と語っているの?
だってお母さんなのに!!
自分の子供を
こんな風に言えるの??!!
まるで神さまか何かの様に!!
私の語気が荒くなる。
「安岡くんが亡くなっても悲しくないんですか??!!」
すると…
“お母さん”は…あの熱のこもった目でにっこりと笑った。
「そんなのはもう無いわ。全てが虚しい徒労と感じたのは…あの子を私の中へ引き戻す前の事…今はもう…“抜け殻”のお位牌の処遇に悩んでしまうくらいだもの…」
酷い!あんまりだ!酷い!!あんまりだ!!
思わず口をついて言葉が出てしまう。
「さっき『子供を育てる事は大変な労力だけど、それを無駄とかもったいないとか言っていたら何もできない』って! おっしゃっていたじゃないですか!!」
こう食って掛かる私を…“お母さん”は軽くため息をついて見据えた。
「あなたも女性だから…いずれは分かるのだろうけど…こと子供に関しては、女性はややもすれば命がけの負担を強いられるの。だから子供にとって母親は…神にも等しい存在なの。そう言った意味で『それを無駄とかもったいないとか言っていたら何もできない』の。お母さまも…そう思われますよね?!」
話を振られたマーちゃんは私の膝の上で私の手を取りながら言ってくれた。
「確かにお母さまのおっしゃるように…女性は…男性には行えない…自分の胎内で子供を産み育てる可能性を持ち合わせています。しかしそれは…その能力は…あくまでも与えられた役割なのだと、私は思います。そしてその役割を勤め上げる事が出来た時、その幸せの証として、その子を自分の腕に抱けるのです。その役割を…命を生み出す行為を…軽々しく扱ってはいけないと思うのです」
“お母さん”は…クスクスと笑った。
「素敵なお話ですね。 でも…そのお考えでしたら…子供の産めない女性は…『お役ごめん』の不幸な方で…子供の中絶は不埒な女のする事になりませんか?」
その言葉に私は膝の上のマーちゃんの手をギューッと握った。
「子供を産めない事、産まない事を不幸と感じるかどうかは人それぞれだと思います。私が言いたいのは…子供を産むことができた時の幸せは…神聖なものではないかという事です」
マーちゃんがこう言っても…“お母さん”は…クスクスと笑うばかりだ。
「可愛らしいお話だけど…強い子を産み育てる事こそが摂理。 命が“神聖”なものであるなら、この事にこそ真摯に向き合うべきだし私は今もそうしている」
私は悔しくてならなかった。
安岡くんが“自殺した”って言ってしまいたかった。
でもそれは彼の望みに反するから
ギリギリの事を言った。
「安岡くんは“摘果”の話を聞いてしまって…『生きる気力が削がれた』と私に言っていました。私は…それは『彼が家族を深く愛していたからだ』と確信しています。これほどまで彼に愛されているのに! 何も感じないのですか??!!」
“お母さん”はカップに指を滑らせながら目を細めた。
「本当に親子揃って可愛らしい…ウチには合わないけど…
隆一が私を愛している事はもちろんよく知っているわ。
だから私も…あの子をもう一度産み育てる事にしたの」
そう言って“お母さん”はその唇をなめてから、カップに口を付けた。
「あなたからいただいたお菓子、この紅茶ととってもお似合い。ありがとう」
その“ゆるぎなさ”に…暗澹たる思いで膝を折るしかなかった私の頭の中を…安岡くんの遺した一文がリフレインしていた。
何かしようとしたって
無駄な事だ。
何もするな!!!
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しりもちをついた私の体の周りから波が遠ざかって行く。
私はじゃるん!と底砂を踏みしめて足首のリーシュコードを手繰り寄せる。
“深緑の口”はもう波間に溶けてしまって
私は上機嫌を装ってボードを両手に掴み差し上げる。
「イエ~イ!! やったね!」
嬉しい。
私の為に
海斗兄ちゃんが
黒田さんが
喜んでくれている!
きっと、私
幸せなんだ。
けど一番にこの幸せを伝えたい人は
今、家に居て
私の事をすごく心配しているに違いない。
だからこの幸せな気持ちを届けに行くよ。
私のとってこの世で一番の
お母さんでもあり恋人でもある
マーちゃんの元へ
昨日の夜と今日と、立て続けの投稿で、ようやく最後に辿り着いた感じです。
文章のギクシャクが…私の悲鳴みたいで修正にはまだ手が付けられません(^^;)
えっとエピローグ的なものを書きたいので…まだ続きます<m(__)m>
ご感想、レビュー、ブクマ、ご評価、いいね 切に切にお待ちしています!!<m(__)m>




