子供の“幸せ”って? ①
「ねえ! これくらいでいい?」
私は泡立て器でカシャカシャやっていたボウルの中身をマーちゃんに見せる。
「うん、いい感じ。塩、コショウ、ちゃんと入れた?」
「入れたよ」
「じゃあ!溶きほぐした卵液をこっちのざるで漉してちょうだい」
「えっ? 殻のカケラとかカラザは菜箸で取ったよ」
「ふふ、それだけじゃないのよ。 漉すとキメが細かくなってキレイに仕上がるの」
「へえ~」
今日は土曜日だけどパパ…もとい、お父さんはお仕事だ。
二人っきりの朝、私はお母さん…マーちゃんに急に甘えたくなって
「オムレツを作りたい」
とおねだりしたのだ。
マーちゃんにとっては自分が作って私に食べさせる方がずっと楽に違いないのだけど、とにかく私はマーちゃんと“ラブラブ”したかった。
「そう! 濡れぞうきんの上でフライパンをトントンして… それでは!メインイベント!卵を包んでいこうね」
マーちゃんは私の後ろに立ってゴムベラを持っている私の右手に手を添えてくれた。
「あはは!二人羽織だ」
「そうねえ~陽葵がすくすく伸びているから私は前が見づらくなってきた。これができるのもあと少しかな…」
この言葉に私は切なくなって、フライパンを濡れ雑巾の上に放してクルリとマーちゃんの方へ向き直り、その胸に顔を埋める。
私とマーちゃんが共用で使っているボディソープやシャンプーとは違うフレグランスの香りがほのかに漂っている。
あの日、客間に忍び込んで裸のマーちゃんの胸に顔を埋めてから…
マーちゃんが、このフレグランスを使うのは…何かがあるときなのを私は知っている。
それが私をますます切なくさせて…私はマーちゃんの胸で少しばかりぐずって見せた。
そんな私の頭をマーちゃんは愛しく撫でて何度もキスをくれた。
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ひとしきり甘えた後、オムレツを二つ作って…きれいにできた方にケチャップでハートを描いた。
「これは、マーちゃんの」
自分の方は、少し破れたところを真ん中にしてケチャップで塗りつぶし、ヒマワリの花を描いた。
「ヒマワリも上手に描けたわね」と
マーちゃんから褒められて私はすっかりご機嫌になって、とりとめのない話に花を咲かせた。
「でね、お父さんが言うには…訓練なんだって」
「訓練?」
「そう! ほら、例えばオーナーさんがシェフやってる街の洋食屋さんとかだと…料理しながらドンドンオーダー取って…しかも食べ終わった人のお代まで、さらっと言えちゃうでしょ? それは訓練のたまもので…頭の中でキチンと振り分けが出来てるんだって。勉強もそれと同じで…訓練して作り上げるものなんだって」
「なるほどねえ~」
「いやいや 感心している場合じゃないのよ マーちゃん」
「ん? どういうこと?」
「マーちゃんには母として私の勉強に付き合ってもらいます。まずは頭の中に引き出しを作る練習から! 自分が興味を持てることからやって行くのがいいんだって」
「じゃあ、料理は? このオムレツの事とか…」
「さすがお母さん! じゃあオムレツの項目を思い浮かべて… まずは材料! 卵、バター…」
「牛乳を加えるとふんわり仕上がるわよ。あと、バターは有塩ね」
「プラス牛乳にふんわり効果あり、バターは有塩っと! ふむふむ…」
『自ら考察できる人』になりたくて…こんな風に自分なりに工夫して実践してみたり、またフィードバックして調べたりしているうちに…“『地頭力が高い』=『思考能力が高い』”という記事が目に入った。
だとしたら…本人は卑下していたけれど…安岡くんは地頭が良かったって事だと思う。
その地頭の良さで、あんなに見渡し見通してしまったら…もう本当に行き詰まってしまう。
そう思い至って…
私の目に突然涙雲が掛かったものだから…
一緒にワイワイやっていたマーちゃんの表情がサッ!と変わった。
ああ、私にはマーちゃんが…お母さんが居てくれる。
それがとても幸せな事だとひしひしと感じ、そのキッカケに安岡くんの悲しみを使ってしまった事がとても申し訳なく…
ポタポタポタポタ涙が落ちた。
「違うのマーちゃん…違うの…」
そう言いながらも私はお母さんの胸に顔を埋め…
いつしか嗚咽を上げていたのだった…
この章で…核心へと入って行ければと思い…細かく分けながら書いているのですが…ほんの数行の道のりがとても長く感じられます…
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