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不都合な子供たち  作者: 黒楓
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磨かれたリンゴと身が枯れた送り主

『ぼっちポチ』のスピンオフ作品ですが…陽葵ちゃん視点です。

「まだ!! ホバリングで粘れ!!」

黒田さんの声に押されて、もう悲鳴を上げている肩で2、3回パドリングする。

「テイクオフ!!」

怒号に近い掛け声のタイミングに必死に追いつこうと私は両膝を引いてボードの上に跳ねあがり、後ろ足を掛け、前足を踏み込んだ。


「滑ってる」


スーッと手が離れて、中腰だったのが、ボードのノーズが押し上げられたタイミングで体が起こせた。


ほんの数秒だったけれど、できた!!


スピードを付けるとか…そんな余裕はまるで無く、私はボードから横倒れになって鼻の奥に思いっきり海水を飲み込み涙目になる。


「グッジョブ!!」

黒田さんは右手の親指を立てて声を掛けてくれた。

向こうでは…波待ちしながらボードに座っている()()()()()()()が何か叫びながら大きく手を振ってくれている。


私がそれに応えようとしたとき、背中で「バーン」と波がぶつかる音がして、バックウォッシュ(というのだろうか)が…私のボードを攫らい(さらい)、ボードと私を繋ぐリーシュコードが私の足首を引っ張り、連れ去ろうとした。


私は()()()()をつきながら足を畳み、リーシュコードを掴んでその力に抗う。


その力の行方を見ると…

“ひざももサイズ”のはずなのに…海面の上の波の山裾部分が私の目の前で深緑の口を開け、私を飲み込もうとしているようで…


それを目にした瞬間、私の意識は…一年半前の“あの時”へと持って行かれた…



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それは5年生の二学期の終業式の日。12月24日


塾の自習室で安岡くんから声を掛けられた。


「稲城さん! 今日のグループワーク。マッ●でやらない?」


「え~! 私、晩ごはんまだなんだけど!」


「じゃあ、ちょうどいいじゃん。おごるからさあ」


「それ違くない? せっかくお母さんが作ってくれた晩ごはん、美味しく食べられなくなっちゃうじゃん!」


「ああ、そういうこと?」


「そういう事って!… これ、『ココ重要!!』って事よ!」


「晩ごはんが美味しくて重要かあ…」


「安岡くんは…違うの?」


「ウチの母は…ウチは…弟も塾通いだから…効率重視だよ」


「弟くん。いるんだ」


「小4のS1クラスに」


「えっ? S1!!? 凄いじゃん!!“星難中”狙える!!」


「うん、親子でそのつもりだよ。だからウチは弟基準でタイムスケジュールができてるんだ」


私の思い込みか…安岡くんは一瞬、シニカル(この言葉、塾の問題例文で使われていた)な表情を浮かべて言葉を継いだ。

「そんな事より、ちょっとだけ! マッ●シェイクとかでもいいじゃん! ね! おごるから」


「おごってくれるなら ワッフルコーン チョコ&アーモンドがいい」


ちょうどこの頃…私は“初めて”続きで…男の子というものは基本『NG』だったのだけど…やむを得ずワッフルコーンで手打ちしたのだった。



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私が目の前のワッフルコーン チョコ&アーモンドをほぼ片付けたのを見計らって安岡くんはゴソゴソと白い手袋をはめた手を鞄の中に挿し入れた。


何をするつもりだろうと目で追うと、光沢のあるマラカイトグリーンのポリッシュクロスを取り出し、私の目の前で広げた。


中身はピカピカに光る真っ赤なリンゴだった。


「僕が磨いたんだ」


「ふ~ん 精が出るねぇ」


「なにそれ? ばあちゃんみたい」


「失礼ねぇ 私だって言っちゃうよ! “なにそれ”って」


「“なにそれ”じゃなく、“それなり”に心を込めたよ。 稲城さんへのクリスマスプレゼントだから」


「へっ?! なにそれ?!」


「だから、それなりだって」


「えっ?! だって、意味わかんない!!」


「わかんない?」


「うん!」


「いつもグループワークしている塾友として…」


「うん、だよね、それにしたって!…」

と私が言い掛けた時、

安岡くんは言葉を被せて来た。

「じゃなくて! 陽葵が好きだからだよ!」


「ゲッ!!」

こう発語してしまった事を

私は今でも後悔している。


どんなに突拍子もない話でも、こんな発語、してはいけなかったのだ。


かつて私が“レシのお姉さん”達に『結婚していますか?』って声を掛け回っていた時に…お母さんや紺野さんは「ゲッ!!」なんて事、言わなかった。


なのに私ったら、それに加えてこんな言葉を返してしまった。


「『polish the apple』って、このあいだ学校の授業で習ったんだけど…その時、先生が言ってた。『「リンゴを磨く」という意味であっているけど、実は「ゴマをする」という意味でも使われます。』って。私にゴマすっても何の意味も無いよ」


「違うよ。陽葵は摘果(てきか)って知ってる?」


「気安く呼び捨てないで!! 私の敵か?!って思えて来る」


「ははは。陽葵のそういうツッコミが好きだった。」


「じゃあ、もうキライなんだね。よかった! サヨナラ」


「ねっ! お願い! 待ってよ!」


そう言って私の腕を掴んで引き寄せる安岡くんは…よく見ると、まつげが長くて、なんだか綺麗な顔立ちにもみえる…


「摘果ってね。果実を摘むって書くんだ。 僕はね、もう摘まれるんだ」


話の風向きが少しだけ不安なので、私は上げかけた腰を下ろす。

「それ、どういうこと?」


「うん、今月いっぱいで塾辞めるんだ。もちろん冬期講習も出ない」


「…突然…だね」


「はは、僕だって突然言い渡されたんだ。 まるでサラリーマン川柳みたい。『いじられて 黒ずみ 熟れて(うれて) 摘果され』ってね」


「えっ??」


「いずれ分かるよ。今度、陽葵がグループワークノートを見る時に…」


そう言って握手を求めて来た安岡くんの手は、白い手袋がはめられたままで…


その事が…

マッ●で別れた後も…

お母さんやお父さんとクリスマスやお正月の楽しい時間を過ごしていても…

どこかで引っ掛かっていた。


お正月が開けて冬期講習も終了し、通常授業が始まって、ようやく私が耳にしたのは…


安岡くんが既に“白い箱”の住人になっていたという事だった。


迷いながらの見切り発車はいつもの事ですが…

どこまで自分を追い込めるかやってみます。

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