第二話
「あー……」
その日の夜、大変だった1日も終わりを迎え、ようやく目を閉じようとした時、アイネは思い出してしまった。
フィオンの言うところの、前世の記憶を。
確かに出会っていた。
確かにパーティも組んでいた。
「出会ってた…」
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ー遠い昔
魔王退治の勇者として仲間を探していた彼は、たまたま立ち寄った田舎でアイネを見つけた。
生まれつき魔力の高かったアイネは目立つことを好まず息をひそめて田舎で暮らしていたのだった。
その時も彼は初対面から彼らしさを炸裂させた。彼は一目惚れしたと高らかに宣言し、ささやかに生きていきたかったアイネに、どうしても一緒に旅に出て欲しいと最終的には大勢の前で土下座まで繰り出したのだ。
そして人たらしな面があるのか長老までもを味方につけた彼に最後は頷くしかなかった。
そしてアイネは初めて村から出た。
勇者のパーティは意外と居心地が良かった。他の3人のメンバーは戦士のディーバ、賢者のパージ、遊び人のリョクとバランスがいいのか悪いのかといった構成だが型破りなフィオンに似て、常識や慣習にとらわれず相手にもそれを強要しないところが好きだった。
というのもアイネがいたのは長閑な気候に合うような穏やかな人柄の田舎だったが、結婚年齢が低い村の中で18歳を目前にし未婚のアイネに対して村の人は裏では好き勝手なことを話していたのを知っていだのだった。
これまでアイネのためと言ってお茶会という名目のお見合いが何度も何度も繰り返されてきた。
そしてその度にお断りをするのはとても辛かった。
けれども、好きだ惚れたと言われ、しまいにはアイネにまで同じ気持ちを求められるのがとても苦手だった。
過去には自分の事を好きでなくてもいい、徐々にお互いを知っていこうと言われてお付き合いした人がいたが、思ったように愛情を返してくれないアイネに対する不安に耐えられなくなり情緒不安定になってしまった。
そこで逃げるようにアイネから別れを告げたことがあったのだった。
別にアイネとて感情がないわけでない。他人に興味が全くないわけでもない。
けれどアイネの気持ちが育つペースはきっと、他の人が耐えられないほどゆっくりなのだった。
「アイネ、アイネ! 次の町ではデートしようね!」
「アイネ、これあげる! アイネの綺麗な水色の髪に似合うよ!」
「アイネ、今日も綺麗だね!」
「アイネの笑顔が見れるだけで幸せだよ!」
フィオンはアイネを毎日のように褒め、尽くし、アイネを笑顔にしようとした。
アイネはフィオンに特別な感情はなかったが、フィオンはわかっているのか何も聞かない。
見返りを求めず、アイネに気持ちを確認することもなく、程よい距離感を保っていてくれた。
そのおかげでアイネのペースでフィオンという存在を認識していくことができた。
そして一年ほど魔王を追いかけて街から街へと移動した一行は、行く先々で魔王が残していく魔獣を討伐しながら能力の向上と結束の強化を図った。
やがて旅の終わりが見えた頃にもなると、アイネはフィオンに気を許し始めていた。
出会った初めの頃はフィオンの言動に引き攣りながら返していたその表情も次第に柔らぎ、警戒心を宿していた目もそのうちに優しさが灯った。
受け身を貫いてきた立場も変わっていき、アイネからフィオンへ働きかけることが増え始めた。
以前はフィオンにただの旅の仲間以上の興味はなかったが、フィオンのことを知りたいという姿勢に変わった。
そのことに他のメンバーは内心目を見張ったが、変に騒ぎ立てずに見守った。
魔王が最後の決戦に選んだ場所は死の森と呼ばれそこは光も入る隙間もないほど木に覆われ、薄暗く、闇に生きる魔獣の巣窟だった。いくら強くなるため鍛えてきたといっても、たった5人で挑むには無謀なダンジョンだった。
最終決戦を前に一行は街で自由行動をとることにした。
フィオンは真剣な眼差しでアイネをデートに誘ったのだった。
デートの終わりが近づいた時、街の有名な噴水の近くでフィオンはおもむろにアイネの前に片膝をついて、指輪を取り出した。
「アイネ、愛してる。 魔王を倒したあと、結婚してほしい」
「はい」
その返事にフィオンはほっとした顔をした。
そしてフィオンはアイネの左手を丁寧にとり、指輪をはめていく。いつもは自信にあふれ堂々と振舞うフィオンの手が緊張で震えていた。
「フィン」
「どうしたの? アイネ」
「わたし、好きだよ」
「え?」
フィオンは己の耳を疑った。
「好きよ、フィン。いつも優しくしてくれてありがとう。待たせちゃって、ごめんね」
アイネは微笑む。フィオンはその時、不覚にも嬉しくて泣きそうになった。しかし咽び泣くわけにもいかないのでそこはぐっとこらえた。
「―――びっくりした」
「ふふふ」
「アイネ、キスしてもいい?」
「変なの。 フィオンなら聞かずにしそうなのに」
「俺を何だと思ってるの」
そんな話をしながらあらためて2人見つめ合っていると、照れて笑ってしまう。
「目を瞑ってくれる」
「うん……」
それはそっと触れ合うようなキスだった。
明日命をかけに行かないといけないなど、忘れるほど幸せだった。
「幸せだ…」
「うん…」
ーところがその時、アイネは唐突に思い出しだしたのだった。
アイネがこの世に生まれてきた理由を。
強い魔力を持って生まれたその意味も。
「アイネ、泣いているの?」
「うん……うれしくて」
気づかないうちにアイネは涙を流していたらしい。それを良い方にとらえたフィオンはアイネを愛おしげに優しくぎゅっと抱きしめた。
その翌朝、アイネは静かに眠るフィオンの横顔を眺めていた。
どれだけ眺めても、まだそばに居たい。
それでも最後と思って口づけをすると、フィオンは眠りの中でも微笑むものだから、溢れ出た涙がフィオンを起こさないようにアイネは必死でそれを拭った。
「フィン、あいしてるわ」
アイネはフィオンを置いてひとり消えた。
フィオンは突然自身の剣が膨大な力を宿した振動で目覚めた。
その剣よりも隣にいるはずのアイネが居ないことに気づき慌てて探そうとするが、テーブルの上に一枚のメモ書きを見つける。
残してあった書き置きはたったひとこと。
【今までありがとう。これは、あなたへの恩返しです。みんなで生きて帰ってね】と。
その世界には優れた魔法使いだけが使える古の魔法があった。
それは自らの命と引き換えに、愛する人にその倍の魔力を与え捧げる捨て身で最強の魔法。
アイネはフィオンに恩返しをするために生まれてきた。
「アイネ…思い出していたのか…」
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「あ~」
思い出した記憶にアイネは枕に顔を埋めてうなり声をあげた。
出会いと別れの思い出だけではない。フィオンのこうと決めたら突き進む性格をよくよく思い出したのである。
アイネとしてはフィオンとの前世の関係はいい思い出であり、過去は過去だ。
愛しいと思えた相手と気持ちが通じ合える幸せ知り、さらには自分の本懐も遂げ、未練などない。
今日の今日まで思い出すこともなく健やかに暮らしてきたのが証拠だ。
でも、これからどうしたらいいのだろうか…
ぐったりと疲れ果てたアイネは考えることを放棄し、フィオンが襲来してくるだろう明日以降に備えて眠ることにした。