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終末のメスガキ  作者: 終乃スェーシャ(N号)
二章:終わった世界の幸福な都市
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緋色の共鳴

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「んん……」


 赤錆びた窓から映る僅かに明るい曇天の空を緋色の双眸が見上げた。


『頭痛に悩む朝に健全な起床を。ウェイクウェイカーを一錠飲めば元気が――』


 ほんの数日前まで自分がいた会社のコマーシャルが流れるのをぼんやりと眺めながらシルヴィは身体を起こした。もう、四日が経っていた。


 空調の効きの悪い蒸し暑い夜でも、寝ている途中で手を出されたり脚を広げられたりしないだけよっぽど熟睡できた。


「……自信なくしそぉ」


 嬉しいのだけれど。喜べないような。今まで築き上げてきた愛玩動物としてのレッテルが消えていく感覚はいいのだけれど、魅力的だっていう思い込みが薄れてくる。


「……ソファで寝ても毎回ベッドに移されてる」


 シルヴィは呆れるようにぼやいた。優しいのだろうけど、何もできない居候状態なのにこうも気をやられると罪悪感が込み上げてくる。


 ソファで座ったまま眠るエスト。ガスマスクはつけっぱなし。ボロっちい布切れ1枚だけを被っていた。それを見ると無性にやる気が湧いてくる。


 パパが徹夜をして、珍しく手を出さずにベッドで力尽きたところを見ているような、そんな気分になる。


 音を立てずにベッドから降りた。シャワーなんてものはないから、タオルを水で濡らして、服を脱いで身体を拭いていく。


「水は確かに高いが気遣われるほど貧乏なつもりはない。せめて石鹸は使え」


 抑揚のない声。シルヴィが振り返ると、エストが眼を覚ましていた。ガスマスク越しでも確かに目と目が合う。


 遅れて、服を脱いだままなことを思い出した。たかが裸ぐらいで何故か嫌な感覚がする。――こいつには見られたくなかった。なんて、人間みたいに大層な羞恥心が湧いてくる。


「あっれぇ? もう起きてたの? ……もしかして、私が汗拭いてるところが見たくて起きちゃった? それともぉ、背中ふきふきしたくなっちゃったのかにゃぁ……?」


 ほんの少しの恥じらいでも。すぐに仮面メスガキになって誤魔化した。挑発的に鼻で笑って、わざとらしく体をもじつかせると。一周回って感情が消えてくる。


「俺に気づかれないようにする気配がして眠気が覚めた。気配を殺したいなら対象物を意識するな。自然な様でいたほうが環境音に混じれる。不自然な無音は警戒を煽るぞ」


「うぐ……」


 朝一番に説教をされた気分だった。それに挑発も完全な無視。視線を逸らしてくれるような親切もなく無感情に見下ろしたまま。


「……恥ずかしいならいちいちそんな言葉や動きをしないほうがいいんじゃないか?」


「う、うるさい! そっちだって余計な事言って後悔したりするでしょ!?」


 シルヴィは牙を露わにしながら声を荒らげて不機嫌そうに睨む。エストはエストで、確かに余計なことを言ったと後悔が過ぎった。


 ――何故、気遣った? なぜ指摘した? こういう僅かなやり取りが積み重なって辛くなるというのに。


 ガスマスクのまま顔を俯け自問自答。答える者など当然いなかった。


「…………石鹸も水も勝手に使えばいい」


 何も無かったように言い直して、エストは踵を返した。日課となっている武器の整備を黙々と始めていく。


『ひぅ、……もう少し丁寧に扱ってください』


 異界道具の刀が声を上げても返事さえしなくなった。


 シルヴィは体を拭き終えたらすぐに朝食の準備に取り掛かる。許可は取らない。取れば一蹴されると分かっていた。


 もともと料理に自信があって、エストにレーション以外も食べさせるように言われたから始めたが。食事の事情はエスコエンドルフィア製薬にいたときとは訳が違う。まともな食材は高価だとか以前に売ってない。


 それでも腕を捲って善処はする。出来上がったのは粉末飲料に冷感調味料トリップエイトを足したもの。


 パッサパサのパテに得体のしれない肉とチーズもどき、味の足りないケチャップをその他調味料で誤魔化したモノだった。熱した鉄板で潰して味を整えてみても、努力には限度がある。


「できたよぉ。ほーら食べて? て?」


 顔に近づけてもエストは絶対に食べない。ガスマスクを外したくないからだ。無駄なやり取りを数分。諦めてシルヴィが離れたのを確認して、隣のトレーラーハウスに移動してからもったいないからと、言い訳を自分に重ねながら仕方なしにと頬張る。


「…………」


 粘土レーションよりは幾分マシな味だった。エストは何も考えないようにしながら飲みこんでいく。




「おぇ、まずぅ……。いいもの食べてたんだなぁ。私」


 シルヴィは悪態をつきながら流し込むように食べ終えた。パパに渡された錠剤を飲みこむ。……残りが少ない。


 それからエストから受けた特訓を始める。初日こそ気絶するぐらいの気持ちだったがほんの数日で改善していった。大半が体力をあげるためのトレーニング。数時間は掛かる。小休憩。粉末飲料を飲み干して外に出る。


 トレーラーハウスの目の前で素振りを体力の限界まで行う。外は閑散としていて、どこか異臭がして、蒸し暑い。


 エストが貸してくれたタブレット端末から歌姫の唄を流して気分を誤魔化す。


『よく律儀に従いますね』


 見張り兼、護衛として扉に立てかけられた【緋色の刃】が声を発した。シルヴィは汗を拭いながら素直に笑う。人が相手でなければ仮面を被らずに喋れた。


「あの瞬間を思い出すとね。ずっと振るえそうだよ」


『あの瞬間?』


「うん、エストが治安維持隊を全員、殺したとき」


 ――真っ赤な剣閃。残忍無慈悲な必殺の刃。思い出すと燃えそうなぐらい熱が込み上げて、シルヴィは頬を押さえた。牙を見せて、嗜虐的な笑みを浮かべる。


『恐怖よりも、魅了されたと?』


「だって、綺麗だったよ?」


『…………貴女とは気が合いそうです』


 緋色の瞳が爛々と煌めくなか、異界道具の刀は歓喜にも近い声をあげた。

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