2.その後の《銀色の光》 ―アレン視点―
3話までは一括で投稿します
「……リュートはもう行ったよ」
転送ポータルからリュートの姿が消えていくのを見送った僕はパーティメンバーに告げる。
とたん、イリスが子供のように座り込み、泣き始める。
「あうう、リュートざん……ヒッグ、グス……」
「あーあー泣くんじゃねえよお前は……せっかくリュートの前では我慢できてたってのに」
ギルがあやすようにぽんぽんとイリスの頭を叩く。
リュートが加わるまでの、うちのパーティにはよくあった光景だ。
僕達《銀色の光》は、もともと田舎の村から出てきた幼馴染3人で作ったパーティであり、リュートは後から加わったメンバーだった。
イリスは昔から泣き虫だったが、リュートを守る立場になってからは気丈にふるまっていた。
ギルだってリュートの前ではぶっきらぼうにふるまっては居たが、ただリュートにカッコつけたかっただけなのだ。
「だって、心配ですよ!」
「あいつなら大丈夫だっつの、固有職業持ちだぞ。レベル上げればきっと俺らより強くなるだろ」
「でもリュートさんは『使命』が特殊で全然レベル上げれないからあんな苦労してるんじゃないですか!」
職業。例えば僕なら『魔法剣士』。ギルなら『重戦士』。イリスなら『治癒術士』。
この世界では誰もが12才の成人の儀で職業を授かる。
そして、その職業ごとに神様から与えられた使命をこなすことで、職業レベルが上がり、技能を習得し、成長していく。
そして、与えられる職業は選ぶことも、後から変更することもできない。
本来、リュートの持つような固有職業持ちはとても貴重で、そして強力な技能を持ち、歴史に名を残すような英雄になる事が多い。
しかし、固有職業でありながら『ハズレ』とまで言われるリュートのような人間も少数ながら存在するという。
「はいはい、二人とも、終わったことを言い争っても仕方ないだろ。ギルドには通信送っておいたからそろそろちゃんとしてね」
ギルドには各ボス階層への直通の転送ポータルが存在している。
先人達が苦労して作り上げたそれは、冒険者のギルドカードを通じて討伐の報告を受け取った時だけ活性化し、搬送のための人員を転送してくる。
これからは僕達《銀色の光》もトップランカーである深層の攻略者の仲間入りだ。
リュートの目標であり続けるためにも、僕達はギルドに情けない姿は見せられない。
「おう、悪ィ」
「うぅ、そうですね……職員さんを驚かせてしまいます」
「その調子その調子。――っとほら、さっそく来たみたいだよ」
転送陣にマナが集まり、ゆっくりと一人の女の子の姿が現れる。
まだ幼さが残る顔立ちに、ゆったりとしたローブ。装備からするとおそらく魔術師系職業だろう。
しかしギルドにこんな職員居ただろうか。ギルとイリスの二人に目配せするが、二人とも面識はないようだ。
「あの、君一人?この階層のフロアボスはレッドドラゴンですが、もしかして討伐確認ですか?」
ギルドカードから討伐すでに報告が出ている以上、実際に確認する必要はないと思うんだけど……。
搬送であれば、以前、レッドドラゴンを討伐したパーティが出た際は、全職員が出動しての一大事だったと記憶している。
もしかしたら一旦、獲物のサイズ等を調べに来たのかもしれないが……にしては若すぎる。まだ成人したてくらいではないだろうか。
不審に思った僕はパーティを代表して彼女に問いかける。
まさかギルドがレッドドラゴンの素材を横取りするために動いた、とは考えられないが、念には念を入れるべきだ。
「――貴方達が《銀色の光》で間違いない?」
しかし、少女はこちらの質問に答えず、逆に問いかけてくる。
「そうですが……それが何か?」
「一人足りない。私がギルドから聞いていた話だと4人パーティのはず」
ギルドから話を聞いていた、ということはやっぱりギルドの人間か。
僕はほっと息を吐き、握りしめた手から力を抜く。
ギルドの使いであれば、どちらにしろパーティ変更については話す必要がある。
「『荷物持ち』のリュートであれば、先ほどパーティから脱退しましたよ。今はもう宿に戻っているはずです」
ここで追放した、と真実を告げる事も可能だったが、僕はあえて脱退という言葉を使った。
リュートの今後の冒険者としての活動において、追放されたという事実は枷になると考えたからだ。
「っ遅かった!彼はどこへ向かった?」
僕の言葉に、少女がひどく焦ったような表情を浮かべる。
それはどこか呆然としたようでもあったが、何故そんな顔をするのか僕達には分からなかった。
もしかして、リュートの知り合いだったのだろうか。
「あの、それよりもドラゴンの素材の搬送の手続きをお願いしたいのですが。まだ怪我人もいますし」
おずおずと、イリスが手を上げて少女に提案する。
現在、ギルは骨折している。早いところギルドに隣接した治療院に連れて行きたいところだ。
「……そうね、私もぐずぐずしてられない。ちょっとどいてて」
気を取り直した彼女は、僕達の横を通り抜け、すたすたと絶命しているレッドドラゴンの前に歩いていき――
「『空間収納』」
彼女の手がレッドドラゴンの死体に触れた瞬間、ギルドハウス程もあるその姿が消滅する。
「なっ、『空間収納』!?ってことはまさか、君、いや貴女が『黄昏の魔女』……!?」
驚いた。『黄昏の魔女』といえば、実物こそ見た事がないものの、数々の高難易度ダンジョンを制覇したという人材。
それがこんな幼い少女だとは知らなかった。
レッドドラゴンを収納し終えた彼女はくるり、と僕達の方へ振り向く。
「そう、貴方達《銀色の光》への加入を希望していた人物で間違いない。レッドドラゴンの素材をギルドへ運ぶ人員として、丁度いいから名乗り出た」
Sランクの冒険者であり、固有職業である『黄昏の魔女』を二つ名に持つ彼女の、美しい黒髪がふわりと舞う。
「レッドドラゴンはこのまま私がギルドに持ち帰っておく。けれどごめんなさい」
ぺこり、と彼女が僕達に向けて頭を下げる。
「そのあと、私は彼を、リュートを追う。悪いけど、パーティ参加希望は取り消させてもらうわ」
あっけに取られる僕達へ、彼女はそう言ったのだった。
もうすぐ真面目な部分が終わる予定です