繁華街
「待たせたな。行こうぜ」
ダイナが戻ってきた。寧々は小さく頷き、彼とつららを麻薬組織の支部まで案内しようとする。三人は人混みを抜け、駅を出た。
いかがわしい店が密集している。路上では客引きが行われている。風営業の求人広告がそこらかしこに溢れ返る様は、情報の雪崩のようである。つららたちはしばらく、この繁華街を歩いていった。しかしステアの支部を目指す道中で、彼らは正体不明の災害に見舞われることとなる。
突如、彼らの周囲の建物が次々と崩れ始めた。
「一体、何が起きてやがる!」
ダイナは間髪入れずに、自分の手から炎を出そうとした。つららは彼の肩に手を置き、すぐに彼を止めた。
「世の中、安全に燃やせるものばかりじゃない。どんな危険な物質が出てくるかわからないから、それはやめた方が良い」
「じゃあ、一体どうすれば良い」
「単純な話さ。建物の崩壊がおさまるまで、頭を守れば良い」
彼女はそう言うと、自分たちを包み込む形で小規模の氷のシェルターを生み出した。壁越しに、崩れ行く街と逃げ惑う人々の姿が見える。
繁華街の崩壊の他にも、不可思議な現象は相次いでいく。
今度は、巨大なハンマーが上空から襲い掛かってきた。
「危ねぇ!」
ダイナはすぐにシェルターの扉を開け、空に向かって灼熱の炎を放つ。その傍らでつららがフィンガースナップをするや否や、炎は激しく爆発した。その衝撃により、ハンマーは上方へと勢いよく押し返された。
「……なあつらら。今、何かしなかったか?」
「あのデカブツの手前に、粉末状にした液体酸素の氷と液体水素の氷をたくさん作ったんだ。事態が事態だから詳しい説明は省くけど、この二種類の液体にはロケットを飛ばせるほどの力があるのさ。そいつを燃やせば、凄まじい爆発が発生するんだよ」
「なるほど……氷魔法ってのは便利なモンだな。こんなモン、もはや俺の知ってる氷魔法じゃねぇけどな」
「えへへ……強敵に勝つには、まず常識に勝たないといけないからねぇ。何しろ、強い奴はみーんな常識を破っているんだから」
「そりゃあ、お前を見てりゃよーくわかるぜ……常識破りさん」
常識破り――その言葉はあまりにも、つららという女を的確に言い表していた。息をするように周囲の意表を突いていく彼女は、まさに常識破りの強者そのものである。そんな彼女とダイナの後ろ姿を眺めつつ、寧々は少しばかり疎外感を覚えていた。
(二人とも、仲が良くて羨ましいですね。私にもこんな友達がいたら……なんて考えてしまいます)
元々、彼女はたった一人で便利屋を訪れた身だ。その依頼内容が護衛であったことから、彼女を守ってくれる者など他にいないことがうかがえる。寧々は少し物憂げな眼差しをしつつ、二人に声をかけた。
「そろそろほとんどの建物が崩れ終わりましたし、急ぎませんか?」
「そうだねぇ。引き続き、案内は任せたよ」
つららは氷のシェルターを魔力に戻し、自分の掌の中へと吸収させる。三人は今度こそ、麻薬組織の支部へと向かうことになった。
一方、麻薬組織の支部では――――
――――一人の女性が、繁華街を模したジオラマの前に腰掛けていた。ジオラマの繁華街は実物と同様、半壊して瓦礫だらけの状態になっている。そのすぐ真横には、街中を監視できるモニターが設置されている。
「フフ……この子たちは無事に、アタシの元にたどり着けるかしら」
女の名はヘルガ・フォルシアン。麻薬組織ステアの支部を管理する者である。この女は白いワイシャツを着崩しており、ほくろのある胸元と筋の綺麗な臍を露出させている。爪には赤いマニキュアを施されており、ライトグリーンの頭髪には桃色のメッシュがかかっている。絶妙に情欲的かつ派手な身なりである。ヘルガは瞬間接着剤のチューブを手に取り、その中身をジオラマに垂らし始めた。
「悪いけど、アタシはあの便利屋と目を合わすわけにはいかないの。何しろ、アタシは本部の在りかを知っている。フフフ……」
監視モニターには、大量の瞬間接着剤に呑み込まれていく便利屋たちの姿が映されている。ヘルガは余裕綽々とした態度をしているが、その右手には包帯が巻かれている。彼女は残された左手で、己の右手の表面を包帯越しにそっと撫でる。
「……それにしても、さっきの爆発には本当に驚かされたわね。コイツら相手に、うかつに手を近づける真似はしない方が良さそうね」
床には黒く焼け焦げたハンマーが落ちている。ヘルガの眼前に広がるジオラマは、何やら普通のジオラマではなさそうだ。




