宴
つららとエドは「究極の頂点捕食者」を倒した英雄として、世界にその名をとどろかせた。この日を境に、それまで歴史的敗者であった氷の魔術師たちは、人並み以上の人権を取り戻したという。アルケミアのほぼ全域が更地と化した中、つららは今まで稼いできた大金のほとんどを国の復興支援に充てた。
国の壊滅を受け、軍資金に充てられる財力を失った国王は降伏を宣言した。ここでルナステラ側の国王は戦争賠償を要求することも出来たが、彼は敵国であるアルケミアに慈悲を払った。国家を統治する上で、他国から見た印象の良し悪しは極めて重要だ。それが本心からの思いやりなのか、はたまた体裁のためなのか、ルナステラの国王はアルケミア国に多額の寄付金を贈呈した。
同じ頃、魔法学者たちはアイディアルについての研究を行った。彼らの間で最も有力とされている説は、あの化け物を生み出したユートピアの書が、それまでディヴェルトの生み出してきた全ての魔導書を組み合わせたものであるとするものだ。
遺伝子情報を含む物質から生命を生み出す「ホムンクルスの書」に、エネルギーを無属性の魔力に変換できる「ニルマギアの書」。無からエネルギーを生み出せる「ジェネシスの書」に、存在し得る全てのパターンの遺伝子情報を持つ宝石を作りだす「アカシアの書」。
現時点で存在が明らかになっているものは、これら四冊だけだ。ディヴェルトが他にも様々な魔導書を作っていた可能性は大いにあるが、先述の四冊を組み合わせただけでも凄まじい化け物を作りだせることが推測されている。なお、これらの魔導書の作り方はいまだに魔法学では明らかにされておらず、ディヴェルトという少年がいかに優れた技術力を持っていたかが伺える。
魔法学者たちの見解によれば、あの白い竜の体内には、無尽蔵にエネルギーを生み続ける魔術が施されていることになるらしい。曰く、アイディアルは永遠に他の生物の発生を阻止できるよう、何も捕食しなくとも生き続けることが出来る身体構造をしているとのことである。
「無属性の魔法……か。いかなる元素にも当てはまらない魔力を作りだすとは、化学の常識を根底から覆すような偉業だな」
「アイツ……確か十六歳だろ? あの若さですでに、永久機関を生み出せる魔導書を作っていたなんて」
「存在し得る全てのパターンの遺伝子情報を持つ宝石……か。もはや神の領域に手を染めていると言っても過言ではないな」
学者たちは度肝を抜かれた。死してなお、ディヴェルトは後世に数多くの謎を残していた。
*
あれから一週間が経ち、つららはようやく新たな拠点を手に入れた。それは前の拠点よりもやや大きく、広い食堂もある小洒落た邸宅である。正門の前には、虹を模したシンボルマークの描かれた看板が取り付けられている。よっぽど虹に対する思い入れが深いのだろう。一つの伝説を作ったつららのもとには、以前より増して多くの仕事が転がり込むようになった。
しかし、この日は便利屋にとっての休日だ。
便利屋の二人はエドを邸宅に上げ、アイディアルへの勝利を祝した宴に興じていた。食堂の壁には、もちろんあの写真が飾られている。それはつららとダイナと寧々の三人で集まって撮った――――最初で最後の写真だ。その写真に向かって、つららはジュースの入ったワイングラスを突き立てた。
「……乾杯」
そこに映るダイナに向かって語り掛ける彼女の横顔からは、言い知れぬ哀愁が漂っていた。つららは微笑みを浮かべていたが、その胸の内に秘めている想いは複雑なものであろう。そんな彼女を気遣い、寧々はクレープの乗った皿を持ってきた。
「クレープ……食べませんか?」
「ん、ありがと」
「せっかくの打ち上げですよ。楽しまないと損じゃないですか」
「それもそうだね」
つららは屈託のない笑顔を見せ、クレープを頬張り始めた。寧々はすぐ近くのテーブルの前に立ち、上品な佇まいでシーザーサラダを食べ始める。その傍ら、エドは両手でコーンカップを持ち、ソフトクリームを大事そうに少しずつ舐めている。三人はそれぞれの食事を楽しみ、時に談笑し、至福のひと時を共にした。
その日の夕方、エドはつららを連れて拠点の外に出た。まだ復興が進んでいない街は、ほぼほぼ荒れ地と変わらない有り様だ。彼が彼女を連れだしたのは他でもない。これより、とある約束が果たされる。
「僕はステアに代わる新たな麻薬組織を結成しようと考えているんだ。もし僕が勝ったら、君には幹部を務めてもらうよ」
「受けて立とう。その代わりつららさんが勝ったら、エドくんには便利屋の戦力として働いてもらうね」
ついに決着をつける時が来た。瓦礫に覆われた荒野にて、二人の英雄は激しい攻防を繰り広げた。




