戦った証
「つらら! 起きて! 起きてよ!」
「ん……エドくん……?」
エドに体を揺すられ、つららは目を覚ました。周囲を見回してみれば、辺り一帯が氷の山と化している。綺麗に透き通った氷塊の中には、体高約百メートルの巨躯を誇る白い竜が眠っている。この竜が魔力の弾を放つことはもうないだろう。つららたちは究極の頂点捕食者に勝利した。
エドは無邪気な笑顔を浮かべ、つららを褒め称えた。
「だから言ったじゃないか。僕の勘が正しければ、君は可能性に満ち溢れた人材だってさ」
「つららさん一人の成果じゃないさ。つららさんは、エドくんも含めた多くの人たちに支えられてここまで来たんだよ」
「……ねえ、つらら。虹の美しさを分かち合えるような仲間が出来た時、人は大切なものを守る理由を知ると言っていたね」
「うん。確かにそう言ったよ」
「あれを見てよ」
彼は遠方を指差した。つららはおもむろに顔を上げ、彼の人差し指の先にあるものを目の当たりにした。
――――空には綺麗な虹が架かっていた。
彼女は破顔した。
「エドくんにも、あの美しさがわかるのかい?」
「理解はしてないね。僕はただ、戦友と共に虹を見たら、何かわかるかも知れないと思っただけだよ」
「理解なんてしなくて良い。虹の美しさに答えを求めるほど無粋なことは、そうそうないと思うから」
そんな会話を弾ませながら、二人は虹に見入っていた。しかしこの場所は、反熱エネルギーを放つ氷塊の上だ。その場にとどまり続ける限り、二人が凍死するのも時間の問題だろう。エドは移動を提案した。
「とりあえず、こんな場所に長居していたら酷い風邪をひきそうだし、どこか暖かい場所に移動しない?」
「それならつららさんが魔法を解けば良いよ。もうアイディアルは凍死しただろうし、氷を消しても問題ないさ」
「いいや、この氷は僕たちがアイディアルと戦った証だ。それを撤去しようものならば、それこそ無粋なことだと思うよ」
「確かにそうだねぇ。人の業のもたらした悲劇は、絶対に風化させてはならない。氷漬けの化け物の死骸は、未来永劫人類の罪を語り続けていくべきだ」
「君がそう考えてくれるだけでも、ディヴェルトはきっと浮かばれると思うよ。さあ、拠点に帰ろう。送っていくよ」
いつまでもこんな場所に長居するのは、百害あって一利なしだ。彼はつららを連れ、便利屋の拠点の跡地へと向かった。二人が目的地に到着したのは、それから数時間後のことだ。そこで彼らが目にした光景は、あまりにも凄惨なものであった。
便利屋の拠点は跡形もなく崩れ去り、瓦礫の山と化していた。
それはアイディアルの魔力によるものなのか、それともハルマゲドンの書によるものなのか。今となっては、それを確かめる術はない。つららは一心不乱に瓦礫をどかし、何かを探し始める。
「無い。見つからない! どこにもない!」
「どうしたんだい? つらら」
「ダイナくんが亡くなる少し前に、三人で写真を撮ったんだ。それがどこにも見当たらないんだよ!」
この時、彼女は少しばかり取り乱していた。その上空に一機のヘリコプターが飛来してきたのは、まさにそんな時である。ヘリコプターは彼女のすぐ真横に着地した。そこから出てきたのは、例の写真を右手に携えた寧々であった。
「探し物はここですよ……つららさん!」
「寧々ちゃん!」
感極まったつららは、すぐさま寧々の体に飛びついた。寧々は抱擁を返しつつ、つららの偉業を労う。
「やりましたね、つららさん! あなたは英雄ですよ!」
「礼ならエドくんにも言ってあげて。彼は良い仕事をしてくれたよ」
「そうですね。エドさんも、ありがとうございます」
無論、目の合った相手の記憶を把握できる彼女にとって、エドがディヴェルトの復活に携わっていたという事実は筒抜けだ。しかし寧々は、エドを責めはしなかった。
「元はと言えば、僕がディヴェルトの復活を手伝ったことで今回の悲劇が起きたんだけどね」
「……今回の件は、人類にとっての良い薬になったと思います。それがあなたの行動を正当化するとは思いませんが、私とつららさんはあなたに感謝しますよ」
つららやディヴェルトの過去を知る彼女にとって、エドはある種の必要悪であった。




