生死の狭間
つららが目を覚ますと、そこは限りなく続く真っ白な空間だった。
彼女はゆっくりと上体を起こし、前方に目を向ける。そこにいたのは三人の男だ。一人は治人、もう一人はダイナ、残る一人はランボルである。この光景を前にして、つららはまず真っ先にこう考えた。
(つららさんは……死んだのか……?)
そう考えるのも無理はない。彼女の目の前にいる三人は皆、すでに死んでいるはずなのだ。そんな事実とは裏腹に、現に彼らはその場に存在している。彼女は目を疑い、唖然とした。
(いや、つららさんが死ぬはずはない。つららさんはディヴェルトと戦う前に、ルイスの血液を血管内に注射していたじゃないか!)
そう――つららはルイスの血液を寧々から渡され、それを自分の血液と混ぜ合わせることによって一時的に不死身になっているはずなのだ。そんな彼女が命を落とすはずがない。
最初に沈黙を破ったのは治人だった。
「ここに何しに来た……氷の嬢ちゃんよォ」
どうやら意志の疎通は取れそうだ。つららは悪戯な微笑みを浮かべ、彼を少しからかってみた。
「やあ文上さん。地獄の居心地はどうかな?」
「脳内お花畑しかいねぇ天国とやらに比べりゃあ、地獄の方がよっぽどケツが落ち着くよ」
「まあ、君らしい受け答えだねぇ」
「悪党は花も小鳥も愛さねぇ。一輪の花ではなく一枚の紙幣を愛し、一羽の小鳥ではなく一つの女体を貪り、女神の歌声ではなくヤニの煙に包まれる……そんな欲望に忠実に生きてこその悪党だ」
流石は麻薬組織のボスを務めていた男である。地獄に落ちてもなお、彼は絵に描いたような平和を望みはしない。その姿勢はまさしく、悪党のあるべき姿そのものであると言えるだろう。
「それでこそ文上さんだ」
つららは彼を称賛した。同じ裏稼業に生きてきた身として、彼女は治人を尊敬しているようだ。
次に彼女に声をかけたのは、ダイナである。
「つらら。お前はまだここに来るべきじゃねぇよ」
「ダイナくん……!」
「お前の戦いを、ずっと見守っていた。ディヴェルトの生み出した化け物がどんなに恐ろしい強さを誇っているか、それもよくわかってる。だからこそ、つらら……お前にしか頼めないことがある」
「その頼み事というのは?」
「どうか、寧々を守ってくれ。虹の綺麗な世界を、かけがえのない仲間が増えていく世界を、どうかお前の手で守ってくれ!」
その願いはまさに、誰よりもつららの実力を勝っている彼ならではのものであった。無論、彼女の強さを知っているのは彼だけではない。
ランボルは言った。
「もしあのデカブツのせいで、寧々がここに来ることになったら、その時はお前の顔面に俺様の拳が飛んでくるぜ。あいにく俺様は、メル元中将のせいで利き腕を失っちまったけどな」
天に召されてもなお、彼は右腕を失ったままだった。つららは彼の発言からある一つの事実に気づき、安堵した。
「寧々ちゃんがまだここに来ていないということは、寧々ちゃんは今のところ無事なんだね」
「そのようだぜ。アイディアルが生まれた直後、寧々ちゃんはアルケミア軍の残党に救助されたらしい。前の重役たちが、寧々ちゃんに散々迷惑をかけちまったからな……そのお詫びも兼ねてのことらしいぜ」
「それは何よりだよ。アルケミア軍の上層のメンバーが一新されたことで、少しはマトモな軍隊になったようだねぇ」
かつては敵対していた軍隊も、今となっては頼りになる存在だ。しかし彼らの軍事力をもってしても、アイディアルを倒すことは叶わないだろう。
治人はつららの背中を押す。
「ここにいる全員がお前の勝利を願っている。そして俺も、悪党のお前が一つの歪んだ正義の存在を否定することを、心待ちにしているよ」
「だけど、あんな化け物……一体どうすれば……」
「いつか地獄で杯を交わす日のために、とびきりの武勇伝を作ってこい。悪党が正義に勝てねぇ道理なんざ、クソ食らえだ」
そう言い切った彼に続き、ダイナも彼女を激励した。
「お前ならやれるよ――――つらら」
「……つららさんは、君を守ることが出来なかった。そんなつららさんに、一体何を守ることが……」
「俺たちはお前を信じる! 後は、お前が自分自身を信じるだけだ! 生きろ! 生きてあの化け物を倒し、自分の手に入れた幸せを守り抜いてみせろ!」
彼の熱い言葉は、つららの胸に染み渡った。




