食物連鎖
この時、つららたちはまだウィザドにてアイディアルと戦っていた。アルケミア国の権力者たちはこのことを知っていたが、今は一刻を争う事態である。ウィザドの上空に、背中に竜使いを乗せた赤い竜が姿を現した。竜使いが魔導書を開くや否や、その場には巨大な炎の球体が生み出される。そして赤い竜がその場を去ると同時に、炎の球体は容赦なく地上に落とされた。
――――アルケミアは眩い光に包まれた。
黒い煙が消えていくにつれ、氷で作られたシェルターの全貌が徐々に露になっていく。氷の壁の奥に、二つの人影が透けて見える。つららとエドは生きていたようだ。つららは安堵のため息をついた。
「ふぅ……超イオン導電体の氷のシェルターで、何とか自分たちの身だけは守れたよ。しかしあの炎……どう見てもハルマゲドンの書じゃないか。寧々ちゃんは無事なのかなぁ……」
「……まあ、君の氷魔法なら、あの炎を防ぎきれると信じていたよ。だから僕はあえてここに残ったのさ」
「そりゃあどうも」
かつてジェラトを守ろうとした者たちは、H2Oで出来たごく一般的な構造の氷で国を守ろうとした。当然、彼らの生み出した氷の融点は摂氏零度だが、彼女の生み出した氷の融点は実に四千七百二十六度だ。超イオン導電体の氷で出来たシェルターは、ハルマゲドンの書による炎から二人の身を守り抜いたのだ。
しかしあの業火は、アルケミア国のほぼ全域を壊滅させた。すでに大きな代償を伴ってはいるが、それもほぼほぼ意味を為していない。アイディアルは全くの無傷だ。ディヴェルトの生み出した最終兵器は、国を滅ぼす程度の力では制圧できないようだ。この化け物周囲にて、魔力の塊が次々と大地に叩きつけられていく。大地に大きな窪みを作り続けていくその様は、まるで稲妻のようだ。
足場は崩れていき、アリジゴクの巣穴のような土砂崩れを起こしていく。
つららは氷の足場を作り、何とか足場を安定させようとする。足場は無属性の魔力に呑まれ、呆気なく崩れていく。
「ハルマゲドンの書の炎をマトモに食らって……なんで全くの無傷なんだよ……」
もはや瓦礫に呑み込まれまいとするのが精いっぱいだ。今の彼女に、アイディアルに打ち勝つ手立てはない。そんな彼女を後目に、エドは空中に浮遊しながらナイフから光の円弧を放っていく。アイディアルが尻尾を振り下ろすと同時に、光は勢いよく弾かれていく。最強の金属で出来たナイフから発射される光の斬撃が、この竜にはまるで通用しない。エドはこの状況を楽しんでいた。
(最強の金属を上回る強度の鱗……かぁ。流石だよディヴェルト! 君は素晴らしい強敵を生み出してしまった!)
煙の狂戦士の名は伊達ではない。これが彼の平常運転である。彼はいつなんどきも闘争に飢えている。左腕を失っているエドは、たった一本の右腕だけで引き続きナイフを振り回していく。彼はナイフから光を発射し、究極の頂点捕食者の頭部を積極的に狙撃していく。
(目だ! 目を狙おう! いくら肉体が硬い外殻に覆われていようと、目だけは守りきれないはずだ! そして目を貫通した攻撃が脳に直撃すれば、この化け物にも致命傷を与えられるはず!)
彼は狂戦士ではあるものの、思考を放棄するような真似だけはしない。闘争を愛するだけのことはあり、彼は常に「敵の倒し方」を考えているような男である。エドは強敵の眼前に姿を現した。アイディアルは口から青白い光を放ち、彼を焼き消そうとする。エドはそれをかわすように瞬間移動を繰り返し、徐々に距離を詰めていく。それから彼はナイフを振り下ろし、標的の青い目をナイフから出る光で狙撃する。光は瞳を貫通し、そのまま爆発した。しかしアイディアルの目は瞬時に再生してしまう。その再生能力の高さは、他のどの生物をも凌ぐ猛威を振るっている。次にその目が向けられた先には、崩壊していく瓦礫に足を取られているつららの姿があった。
彼女をめがけ、アイディアルの口から青白いビームが放たれる。
眩い光に包まれながらも、つららは必死に抵抗した。彼女は次から次へと氷の防壁を生み出していくが、いずれも一瞬にして破壊されてしまう。今まで数多くの局面で敵を圧倒してきた彼女の氷魔法は、ここに来て一つの壁と衝突してしまったらしい。それでもつららは諦めなかった。
「守らなきゃ……虹が架かる世界を! 虹の美しさを分かち合える仲間と共に生きていける未来を!」
体の感覚が失われていく。意識が徐々に遠のいていく。視界はじわじわと曇っていき、平衡感覚も乱れていく。強大な敵を前にして、彼女は今まさに窮地に立たされていた。やがて彼女は膝から崩れ落ち、氷の防壁も作れなくなっていった。
(ルイスは……食物連鎖の頂点に立つものは人間だと言っていた。だけど、ディヴェルトのもたらしてしまった究極の頂点捕食者には、遠く及ばない。とうとう、人間は食われる側に立たされるのか……?)
そんな物思いにふけっているうちに、彼女は眠るように気を失った。




