理想
薄れゆく意識の中、ディヴェルトはふと昔のことを思い出した。
それはまだ、彼が十二歳の時のことである。この時からすでに「究極の頂点捕食者」を作りだす研究に没頭していたディヴェルトは、その過程でとある魔導書を発明した。それは「ホムンクルスの書」と呼ばれる代物で、生命を作りだせる書物である。この魔導書で生物を作るには、体毛や血液などの遺伝子情報を含む物質を用意する必要があった。つまりホムンクルスの書には、既存の生命体かそれらを掛け合わせたキメラしか生み出せないのだ。それだけでも世界にとっては革新的な技術ではあったが、ディヴェルトの野望を叶えるには不十分である。
その魔導書に真っ先に目をつけたのはルイスである。彼が研究を進める上で、ホムンクルスの書はこの上なく役立つものだ。ディヴェルトのもたらした技術により、彼のような「被害者」はより多く作られるようになった。
歪な肉塊に囲まれた研究室を見渡し、ディヴェルトは言った。
「僕は……そんな悪趣味な研究のためにホムンクルスの書を作ったんじゃない」
自らの作りだした技術によって命が冒涜されることは、命の冒涜によって生まれてきた彼にとっては好ましいことではなかった。しかしルイスに反省の色はない。この男は相も変わらず己の正義を過信していた。
「それがどうしたと言うのだ? 私は生命と科学を進化させるためにお前を作ったのだぞ?」
「人類にとって、進化なんてものに価値はない。人は何を獲得しても、結局やることは同じだよ。言葉も、法も、金も、科学も、権力も……全て弱者を支配し他者を傷つけるために使われてきたでしょ?」
「それが人の望みだと思うのか? 人間は、この宇宙で世界平和を願うことの出来る唯一の生物だ。世界を見渡してみろ。大衆は平和を愛し、愛を歌った曲に聞き入っているではないか」
「……人類は世界平和を理想とし、自らの欲深さをもってしてその理想から遠ざかる。世界平和を語る口で我先にと安全圏を奪い合うような連中に、一体何を為せると言うんだい? せいぜい、核抑止力で時間を稼ぐ程度が限界だよ」
「それの何がいけないのだ? 人は争う! だから平和に価値がある! 人は欺く! だから信じ合えることに価値がある! 星が夜の闇の中でしか輝けないのと同様、人の美しさは人の醜さの中にしか存在し得ないのだ」
激しい舌戦だ。しかしディヴェルトにとってはいささか分の悪い論争である。何しろルイスは、相手の語る「人間の生態」を事実として認めた上で、それを本気で美しいと思っているのだ。例え情報の誤りを正すことは出来ても、他者の美的感覚を正すことは不可能に近いだろう。
それでもディヴェルトは正義を主張した。
「空の彼方で燃えているだけのガスに恋い焦がれるために、世界を闇で覆うことを是とするのか!」
「あまり熱くなりすぎない方が良い。己の正しさを証明することに躍起になる者は、得てして正しさから遠のいていくものだ」
「……そう言う君の正しさは、一体誰が保証すると言うんだい?」
彼は半ば呆れていた。しかし、それもいつものことである。ルイスと建設的な話し合いの出来る者は、彼と同じ価値観を持つ人間だけであろう。
ディヴェルトは狂人との対話を諦め、引き続き魔導書の研究に没頭した。それからも彼は様々な魔導書を発明し、図らずもたった一人で魔法学を発展させていった。やがて彼は十六歳になり、「ユートピアの書」と名づけられた魔導書を生み出した。それはディヴェルトが眠りの水晶に封印されるまでに作った中で、最後の魔導書であった。同時に、これは彼の最高傑作でもある。
*
そして現在、つららたちの眼前には巨大な白い竜が姿を現していた。そこにはもうディヴェルトの姿はない。彼は自らの命を犠牲に、体高約百メートルの怪獣をこの世にもたらしてしまったのだ。
エドはこの竜を知っていた。
「究極の頂点捕食者『アイディアル』……ディヴェルトが生み出した最終兵器だ。アイディアルは無属性の魔力を持つ生命体で、この世の全ての生物を破壊する力と本能を持つ破壊神とも呼ぶべき存在だ」
「よく知ってるねぇ」
「アイディアルは『ユートピアの書』という魔導書で生み出せるんだけど、これがマニアには高く売れるような代物でね。僕は元々、麻薬組織の幹部として裏社会と密接に関わっていたでしょ? だから仕事柄、ユートピアの書の模倣品を取り扱うことが多々あったんだよ」
あのディヴェルトが生み出した魔導書ともなると、それを欲しがる者は後を絶たないようだ。ゆえに、ユートピアの書は裏社会で認知されていた。
つららたちはついに、究極の頂点捕食者と戦うこととなる。




