人間不信
エドが金色のナイフを振るたびに、その刀身からは円弧を描いた青い光が放たれる。ディヴェルトは紫色の魔力の弾を上空に撃ち続け、それを地上に降り注がせる。青い光と紫色の魔力は激しくぶつかり合い、小さな爆発を起こしながら互いを打ち消し合っていく。両者の間では激しい攻防が繰り広げられているものの、ディヴェルトはその場から一歩も動いていない。
「生命は本来、生きるために争うものだ。だけどあなたは、まるで闘争のために生きているように見える」
「君はそうじゃないのかい? そもそも、君は生まれる前から戦争のために生きることが決まっていたじゃないか」
「違う……」
「何が違うのさ」
「僕の命は、僕のものだ。僕はもう、博士の所有物じゃない。僕がこれから為そうとしていることは、他ならぬ僕の意志だ」
余裕に満ちた微笑みは一変し、彼の表情には静かな怒りが表れた。彼の攻撃は勢いを増し、周囲の建物を無差別に消滅させていく。ほんの一瞬でも気を抜けば、エドは大自然の養分と化すことだろう。
もちろん、こうした危機感こそが彼の渇望してきたものであることは、もはや言うまでもない。
死の危険が迫れば迫るほど、より鮮明に生を実感できる。それがエド・マクスウェルという男だ。
「良いね良いね! その言葉が聞きたかったんだよ! 強者は支配し、弱者は支配される! 君は強者だ! 誰の支配も受けるべきではない! 君のような強者との闘争でしか僕は満たされない!」
「強者も弱者も同じだ。強大な力を持ったところで、この世界には守るべきものなんか何もないんだから」
「何も守らなくて良い! 誰に手を差し伸べる必要もない! 生命が長年受け継いできた闘争という伝統は、生きることそのものなのさ!」
煙の狂戦士の称号を与えられただけのことはある。闘争は彼の全てだ。彼は左手にもナイフを出現させ、二本のナイフから光の円弧を飛ばしていく。しかし魔法を無尽蔵に使えるディヴェルトとは違い、エドには体力の限界がある。案の定、エドの顔には疲労の色が見え始めている。
ディヴェルトは言う。
「命が生み出せるものは、過ちだけだよ」
それはまさに、人間の愚かさを一通り目にしてきた彼ならではの一言であった。
そんな時である。
「ここか……」
更地と化したウィザドに、一人の少女が姿を現した。つららの到着だ。彼女の目に真っ先に飛び込んできたものは、容姿端麗でありながらミステリアスな雰囲気を醸している美少年――ディヴェルトの姿である。先ずは二人の戦いを止めるべく、つららは大声を張り上げた。
「ディヴェルト! つららさんは君と話がしたい! エドくんにも、一旦攻撃をやめて欲しい!」
エドは耳を疑った。彼の知っている彼女は、敵を倒すことを躊躇するような女ではない。寧々に好かれていたランボルは例外だとしても、つららが話し合いを望むことは非常に珍しい。そんな彼女に怪訝そうな眼差しを向け、エドは一旦ナイフを振り回すことをやめた。それに続くように、ディヴェルトも攻撃の手を止める。
「言葉には、人を操る力がある。だから僕を倒せる魔法を持たないあなたは、言葉で僕を支配しようと考えている。違うかい?」
「ううん、違うよ。つららさんは生まれてすぐに両親に捨てられて、ルイス・エアロシュタインに引き取られたんだ。だからあの男の冷酷さは嫌というほど理解しているし、君の痛みだってよくわかる」
「他者を操る言葉は二種類に分けられる。一つは独裁的な脅迫で、もう一つは甘い誘惑だ。僕は博士にも屈しないし、あなたにも屈しない」
生涯を通じて、彼は極度の人間不信に陥っていた。汚い大人に散々利用されてきた彼にとって、距離を詰めてくる相手は全て警戒対象だ。つららは両腕を大きく広げ、彼を説得しようと試みた。
「ディヴェルト……今まで、本当につらかったね。ずっと、誰のことも信じずに生きてきたんだね。でも、君はもう独りじゃない。つららさんと、友達になろう」
「仮にもし、それが今のあなたの本心だったとしても……僕はあなたを信じない。人の良心などというものは、いとも簡単に腐敗するからだ」
「どうしてそんなことがわかるんだい?」
「人間は紙切れを巡って命を奪い合うような生き物だ。人は醜悪な感情からは逃れられないんだよ」
「そっか……それが、君の見てきた世界なんだね。君はずっと、人間の業に振り回されて生きてきたんだね」
忌まわしい記憶が、雪崩の如く彼女の脳裏に押し寄せる。彼女はディヴェルトに己の影を重ね、悲しみをこらえるように歯を食いしばった。




