遺産
――――そして現在。
寧々は話を締めくくった。
「……その後、十人の魔術師は力を合わせ、ディヴェルトを眠りの水晶に封印しました。彼らの内、八人は帰らぬ者になったそうです」
かの最高傑作は只者ではない。彼はたった一人で、一度に十人もの魔法学の権威を相手にし、挙句の果てにそのうちの八人を絶命させたのだ。その上、ディヴェルトは完全に殺されたわけではない。当時のアルケミアを代表する魔術師たちが十人がかりで協力し、ようやく彼を「封印」できたのだ。
つららはどこか物憂げな眼差しをしていた。彼女の心に焼き付いたものは、ディヴェルトの「強さ」ではなかった。
「ルイスが……アイツが、ディヴェルトから『自分が人間であること』を奪ったんだ。ディヴェルトは人間の温もりを知らない……人間の醜さしか知らない彼にとって、この世界は真っ暗なんだよ」
その口から紡がれたのは、同情のこもった言葉だ。ルイスを心から憎む彼女にとって、ディヴェルトは憐れみの対象でしかなかった。しかし彼を倒さなければ、今度こそアルケミアは滅亡するだろう。
寧々はロッカーの扉を開き、そこからアタッシュケースと注射器と瓶を取り出した。瓶の中身は、血液と思しき緋色の液体だ。彼女がアタッシュケースを開けると、そこには札束が敷き詰められていた。
「……これらはつららさんに渡すものです」
「これらは一体……?」
「ランボルさんの用意した依頼金と、ルイスの血液です。ランボルさんは死の間際、私に自宅の鍵を手渡し、ディヴェルトの討伐を依頼してきました」
「なるほどねぇ。寧々ちゃんの魔法があれば、ランボルくんの自宅や通帳の場所、口座の番号なども把握できるもんね」
「そういうことです。彼はこの依頼のために、私たちに全財産を払うことを心に決めていました。これ以上自分が生きることのない世界を守ることに、彼は自分の稼いできた全財産を注ぎ込んだのです」
死してなお、ランボルという男は人の良さを発揮していく。寧々は淡々と話を進めていたが、彼に対して一番思い入れが強いのは間違いなく彼女であろう。それでも彼女は、自分の気持ちを押し殺していくのだ。
(ランボルさん……本当にありがとうございます)
悲しみではなく、感謝を胸に抱くこと――それはランボルに対する最大の敬意だ。寧々はどこか陰りのある愛想笑いを浮かべつつ、今度は彼から渡された血液についての説明を始めた。
「ルイスの血液を血管内に注射すると、生命を維持する魔法の効果で一時的に不死身になれます。ルイスはA型で、ランボルさんはB型なので、あいにくランボルさんには使えなかったみたいですけどね。つららさんはA型なので使えますね」
「そうだねぇ。正直あのいけ好かないサイコ野郎の血を体に入れるのは反吐が出るほど嫌だけど、事態が事態だし止むを得ないね」
「後は頼みましたよ……つららさん。ディヴェルトが復活したとなれば、強敵を望んでいるエドさんは絶対に戦いに赴くと思います。エドさんはAB型ですので、ルイスの血液を分けてあげてください。つららさんとエドさんが共闘すれば、どんな敵でも打ちのめせると思いますよ」
彼女はエドの性格をよく理解していた。彼女からの説明を受け、つららは使命感を覚えている。
「まずは話が通じるかどうか……それを確認するよ。それが無理そうなら、つららさんが責任を持ってディヴェルトを倒す」
今まで、つららは様々な敵を容赦なく殺してきた。そんな彼女が珍しくも話し合いで物事を解決しようと考えている背景には、やはりディヴェルトへのシンパシーが関わっているのだろう。
「ランボルくん……ありがとね」
彼女は注射器と瓶をポーチに仕舞い、ウィザド市へと向かった。
*
同じ頃、エドは一足先にウィザドに到着していた。彼の目の前に立ちはだかる者は、不可逆性に囚われることのない最強の魔術師だ。エドは嬉々とした微笑みを浮かべつつ、ディヴェルトの方へとにじり寄っていく。
「ずっと君に会いたかったよ……ディヴェルト。君なら、僕に本気を出させてくれそうだ……」
「君は一体……?」
「僕は煙の狂戦士……エド・マクスウェルさ。国も世界も命もどうでもいい……僕はただ戦うのが好きなだけさ」
「それが本当なら、君はずいぶんと酔狂な人間だ。無数の命がばら撒かれると、君のような異質な個体も生じてしまうようだね」
いささか興奮気味のエドに反し、ディヴェルトは妙に冷めた表情をしていた。両者の間には強い風が吹きつけ、彼らの髪を激しくなびかせた。




