最終課題
ディヴェルトの復活が世間に知られたのは、翌日のことであった。
「先日、ルイス博士の最高傑作ことディヴェルトの封印が解かれました」
その言葉に、アルケミア中の人々が耳を疑った。驚愕したのは彼らだけではない。この出来事は世界各地で報じられ、世界中を震撼させた。
当然、このニュースは便利屋の二人の耳にも届いていた。つららたちはラジオに耳を傾け、更なる情報が語られるのを待つ。
「封印を解いたのはアルケミア軍のヴェルファ元元帥で、彼はその後すぐにディヴェルトに殺害されました。ディヴェルトは行方をくらませていましたが、ウィザド市の各地で目撃情報が相次いでいます。次のニュースです。今日未明……」
――報道機関はまだ、ディヴェルトにまつわる充分な情報を把握していないようだ。
しかし便利屋には、ルイスの記憶を把握している情報屋がいる。
さっそく、つららは寧々から話を伺うことにした。
「ねえ、寧々ちゃん。以前ルイスの悪行をまとめた時、ディヴェルトの話も掘り下げたのかい?」
「いいえ。ディヴェルトの話には、あえて触れないでおきました。彼の魔法が世間に知られようものならば、より彼を復活させたいと考える科学者が増えてしまうと判断しましたので……」
「つまり、科学の発展に役立つような魔法だということだね。それで、一体どんな魔法なんだい?」
話はいよいよ核心に迫る。寧々の口から語られる真実は、従来の科学の常識を覆すものである。
「自分の魔力に触れたものを逆行させる……それがディヴェルトの魔法です。要するに、彼はミルクココアを、混ぜられる前の牛乳とココアパウダーに分けることが出来るということです」
「なんだって⁉ それってつまり、ディヴェルトは熱力学第二法則を覆す存在だと言うのかい⁉」
「その通りです。人類にとっての最終課題とは何か。それは時間、エネルギー、死……ありとあらゆる『不可逆性』を克服すること。ディヴェルトはまさしく、人類の最終課題をクリアした究極の魔術師であると言えるでしょう」
二人はこれまで、様々な魔術師を目にしてきた。彼女たちの見てきた魔法は、常軌を逸した強さを誇るものばかりだった。しかしここに来て、つららの倒してきた強敵たちが霞むような魔法の存在が明らかになった。
つららは驚きを隠せなかった。
「そんなことが出来るのなら、どんな傷を負ってもすぐに回復できるし、一度消費した魔力だっていくらでも再利用できるじゃないか……」
「それだけではありません。例えば、人間の胎児が成長して成人に至るまで、その大きさはかなり変化しますよね? まさか、生物が質量保存の法則を無視しているはずはありませんよね?」
「……君の言いたいことが大体わかったよ」
相変わらず頭の回転の速い女である。たったこれだけの情報量で、彼女は寧々の言わんとしたことの全てを察していた。
「お察しの通りです。私たちの体を構成するタンパク質や水分は、元を辿れば自然界に存在していた食料資源ですからね。つまりディヴェルトの魔力を浴びた者は、肉体の構成物を自然界に返されてしまうようです」
「なるほどねぇ。ディヴェルトがたった一人で、アルケミアを壊滅寸前まで追いやれたのも頷けるよ。例えば建物に魔力を浴びせれば、建物は建材として加工される前の木や鉄鉱石に戻るわけでしょ?」
「もちろんです。この世の全ての物質は、存在している時点で生まれるという過程を通っていますから。あらゆる生物や物質を、生まれる前の状態にまで逆行させる……それがディヴェルトの魔法の真価です」
聞けば聞くほど恐ろしい魔法だ。その脅威こそ、まさしくルイスが己の功績を誇っていた所以である。ヴェルファが戦争のためにディヴェルトの封印を解こうとしていたこともまた、その強さゆえのことだ。
つららは次の質問に移った。
「ありがとう。魔法についてはよくわかったよ。次は、ディヴェルトがどんな人間なのか……どんな生き方をしてきたのかを知りたい。あのサイコパス科学者がこの世に何をもたらしてしまったのか……それをつららさんは知りたいんだよ」
彼女はまだ、ディヴェルトの過去を知らない。しかし、その背景にルイスの存在があることだけは何となく察しがつく。何しろ彼女は、あの科学者がいかに多くの人々の人生を狂わせてきたのかをその目で見届けてきた身だ。
寧々は言う。
「つららさんの予想通り、ディヴェルトの過去にはルイスが深く関与しています。今から、ディヴェルトの過去について語りましょう」
この後、彼女の口からはディヴェルトの壮絶な過去が語られる。




