目覚め
ヴェルファの目の前に、一人の少年が姿を現した。綺麗なブロンドの髪に、端正な顔立ち。その瞳はサファイアのように青く輝き、きめ細かな肌は透き通るように色白い。少年の容姿は、この世のものとは思えないほどに美しかった。
ヴェルファはその名を口にした。
「お目覚めかね? ディヴェルトよ」
ついにこの時が来てしまった。たった今彼の目の前に現れた美少年こそ、あのルイスが生み出した最高傑作である。ディヴェルトは辺りを見回した。古い遺跡の床には、魔法陣の描かれた痕跡が残されている。
「君は……?」
「私はヴェルファ。私が君を蘇らせた」
「つまり何か用があるということだね。僕に近寄る大人は皆、僕を利用しようとしているか殺そうとしているかのどちらかだ」
元より、彼は二十年間も眠りの水晶に封印されてきた身だ。彼が大人に対して警戒心を抱くのは無理もないことである。事実、ヴェルファは彼を利用するつもりでいる。
「……報酬はいくらでも出そう。この国のために戦ってはくれないか?」
「愚かな揉め事は、愚か者の間だけで片づけてくれないか? 小さな星の小さな土地を奪い合うことに躍起になるなんて、不毛でつまらないことだよ」
「奪うための戦争じゃない。私は祖国を守るために戦う」
今更後戻りは出来ない。ヴェルファはすでに、優秀な部下を三人も失っているのだ。ディヴェルトの力を借りることが出来なければ、もはや祖国に未来はないだろう。しかし、かつてその祖国を滅ぼそうとした少年に、愛国心などあるはずもない。
「アルケミアに守る価値があると思っているのなら、あなたは実に幸せな人間だ。祖国はおろか、僕はこの世界そのものを売っても構わないと思っているよ」
「何故だ?」
「宇宙には複数の生物が存在しているからだ。生態系を構成する上で、各々の生物が持つ役割は決して公平ではない」
「ああそうだ。世の中は公平じゃない」
「だから争いが生じる。格差が生じる。そして美味しい役割を奪い合うため、人類は他者に不公平な役割のラベルを貼るように進化した」
ディヴェルトは笑っていた。それは愛想笑いのようでもあり、苦笑いのようでもあり、嘲笑のようでもあった。何とも掴みどころのない少年である。ヴェルファは少し考え、彼の真意を問う。
「話が見えないな。つまり何が言いたいんだ?」
「生物が二体以上存在し始めた時点で、この世界は無価値になったということだ」
「その無価値な世界で、これからお前はどう生きていくんだ?」
「それをあなたに話すつもりはない。人間は善悪を集団の利害に基づいて定義する生き物だから、あなたも僕がこれから為すことを認めてはくれないだろう」
「……まあ良い。軍に協力するつもりがないようなら、力づくだ」
これ以上話し合っていても、平行線を辿るだけだ。ヴェルファは無数の銃器や爆弾、戦車や戦闘機などを生成し、その全てを遠隔操作した。数多の銃弾や爆弾が、ディヴェルトを包囲するように放たれていく。遺跡は木端微塵になり、そこには更地が生まれ、辺り一帯が砂煙に包まれる。どの武器も、弾が切れることは決してない。常に新しい弾が生成され、自動的に補充されていく。
絶え間ない銃撃と爆撃は数十分ほど続いた。ヴェルファは魔法を解き、砂煙の中に見える人影に向かって声をかける。
「どうだ? 私に手を貸す気にはなったか?」
強豪揃いのアルケミア軍で元帥を務めているだけのことはあり、彼の魔法は凄まじい火力を誇っている。至ってシンプルな魔法ではあるものの、その威力は決して軽視できたものではない。
砂煙は風の中へと消えていき、ディヴェルトの姿が露になる。
あの集中攻撃を生身で受けていたにも関わらず、彼はまったくの無傷であった。最強の魔術師の名に偽りはない。彼は本当に只者ではないようだ。
「見たところ……あなたは魔法で武器を生み出し、それを遠隔操作できるようだ。殺生のための道具を生み、決して自らの手は穢さない。まさしく、人間という生き物の醜悪さを体現した魔法だ」
「そう言う君は、さぞ立派な魔法を持っているのだろうな」
「試してみるかい?」
ディヴェルトは衣服に浴びた砂を手で払いつつ、徐々にヴェルファの方へと詰め寄っていく。両者の間に、緊迫した空気が立ち込める。
「何を……する気だ……?」
「……大自然に回帰するが良い」
まるで女性のように繊細な指をした右手が、そっとヴェルファの肩に乗せられる。
――――次の瞬間、ヴェルファの全身は霧のような粉末へと姿を変え、そこから広がっていくように散らばっていった。
ディヴェルトは夕暮れの空を見上げ、か細い声で囁いた。
「博士……美しい命は、一体どこにあるんだい?」
元々、彼はルイスに作られた魔術師だ。案の定、ディヴェルトもまたあの言葉を聞かされて育ってきたようだ。




