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煙の狂戦士

 あれからしばらくして、フォルクスの体に異変が発生した。彼は瞳が少し黄色くなっており、呼吸も酷く乱れていた。その一方で、エドも少し気怠そうな雰囲気を醸していた。彼の血色はいささか悪いが、これは闇魔法の影響ではない。

(一体……何が起きているのだ……?)

 つい先ほどまでは、フォルクスに有利な戦況だった。今となっては、そんな彼の体に異常が起き始めている。彼は少しばかり困惑していたが、それでも闇属性の魔力で出来た羽を放ち続けた。エドは遊園地で走り回る子供のような笑みを浮かべつつ、闇の羽を次々と切り落としていく。

「君が僕のことをもう少し楽しませてくれると期待して、君の身に何が起きているのかを教えてあげるよ」

「敵にわざわざカラクリを教えるのか?」

「もちろんだよ。僕の目的は君を倒すことじゃなくて、僕の楽しめる闘争をすることだからね」

「……大した余裕だな」

 この状況下においてもなお、フォルクスは平常心を保っている。努力と実力でアルケミア軍の大将にまで上り詰めた強者は、そう簡単には動じないらしい。エドは俊敏な動きで触手や羽を切り刻みつつ、自分の仕掛けたことを説明し始めた。

「僕は『好きな場所に存在できる魔法』を使えるんだ。その魔法で、自分の体の一部であるAB型の血液を、君の血管の中に存在させたのさ。これにより君の血液の持つ抗体が僕の血液の持つ抗原に反応し、血液の凝固や溶血などの現象が起こる。ちなみに溶血というのは……」

「赤血球が破壊される現象――だな」

「ご名答。これにより体に充分な酸素が運ばれなくなるし、赤血球に内包されていたビリルビンが血管内にばら撒かれるから黄疸も患うことになる。黄疸によりビリルビンが臓器に蓄積していけば、君の五臓六腑はズタボロになるというわけだよ」

 元々薬を扱う仕事をしていただけのことはあり、彼は少しばかり人体について詳しいようだ。彼がつららと戦う際にこの手段を用いなかったという事実は、フォルクスという男の底知れぬ強さを物語っている。


 どんな危機的状況に陥っても、フォルクスは決して諦めない。

「……お前に、良いニュースと悪いニュースがある」

「なんだって? まさかとは思うけど、実は君もAB型で、仮病を使っているだけ……なんて言わないよね?」

「安心しろ……俺は正真正銘のO型だ。先ずは悪いニュースだが……俺にはこの状況を打破できる手立てがない。そして良いニュースだが……俺はお前を道連れにするつもりでいる」

 その言葉に嘘偽りはない。彼の黄色く染まった瞳には、必ずエドを倒すという確固たる意志が宿っている。

「それは最高のニュースだね。真剣勝負で殺されて死ぬことが出来るのなら僕は本望だよ。さあ、僕を存分にもてなしてくれ」

「……良いだろう。しかしお前は不思議な男だな。本来なら闇そのものの性質を持つ魔力を切ることなど出来ないはずなのだが……」

「僕のナイフは究極の金属……オリハルコンで出来ているからね。オリハルコンのナイフは闇すらも切り裂くのさ」

「そいつは鬼に金棒だな。お前を倒すには……少々骨が折れそうだ」

 フォルクスは再び目を見開いた。その直後、周囲には彼の形を模した六つの影が現れる。影の一つ一つは右手に黒い剣を構え、一斉にエドの方へと襲い掛かる。

「はぁ……やっぱり、強力な闇の魔力を生身で浴び続けるのは良くないね。貧血なのも相まってダルくなってきちゃった」

 今この瞬間も、エドは闇の魔力の効力により生命力を吸収されている。だがその表情は相変わらず喜びに満ちたものである。彼はたった一本のナイフで、一度に六本の剣を相手にしていく。強力な武器と便利な魔法に恵まれるだけでは飽き足らず、彼は身体能力や剣術においても申し分ない実力を誇っているようだ。


 フォルクスは少し呆れている様子だ。

「俺が死ぬのを安全な場所で待っていれば、確実に勝てるだろうに。無意味に身を削ってでも戦い続けるのは、闘争を愛する者の(さが)と言ったところか……」

「フフッ……そうだね。否定はしないよ。僕が好きなのは、勝つことじゃなくて戦うことだからさ」

 両者ともに、体力をかなり消耗している。エドはむせるように咳き込み、そのまま吐血した。彼の危機感のない言動や態度に反し、その体は確実に衰弱し始めている。この体調では集中力ももたないだろう。エドは眼前の強敵が生み出した影に背後を取られ、そのまま背中を剣で貫かれた。

「僕と……したことが……」

 彼がここまで追い込まれることはそうそうないだろう。しかし彼と対峙している男は、たった一つの刺し傷どころではない痛手を負っている。

「エド・マクスウェル……だったか? お前は何の肩書きも持たないようだが、アルケミア軍の大将である俺が直々にお前に称号をやろう」

「へえ。それは光栄だね」

「お前の称号は『煙の狂戦士』だ。まるで煙のように消えてはまた現れ、そして闘争に執着し続ける……そんなお前には相応しい称号だろう」

 自分がアルケミア人であることにこだわってきたフォルクスにとって、相手に肩書きや称号を与えることは最大の敬意である。彼はエドのことを、一人の強敵として認めたようだ。二人は己の身を削りつつ、それから三十分以上にもわたって戦い続けた。

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