強敵を望む者
そして現在、フォルクスは自宅の一室でコーヒーを飲んでいた。部屋の角ではクラシックを奏でるレコードがかけられており、デスクの上には七色の宝石を埋め込まれた水晶が飾られている。
「例え元帥閣下と戦うことになっても構わない。俺は先人に託された眠りの水晶を、必ず守り抜いてみせる」
アルケミア人にあらざる血を生まれ持った彼は、アルケミア人を名乗るに相応しい精神を練り上げてきた男だ。その命は彼自身のためではなく、祖国のためにある。アルケミア軍が貴重な戦力を失った今、ヴェルファは間違いなくディヴェルトの封印を解こうと考えるだろう。
そんな時である。
(殺気……!)
何かを感じ取ったのか、フォルクスは咄嗟に振りむいた。彼のすぐ目の前には、オリハルコン製のナイフが突き立てられている。そのナイフを右手に握りながら立っていたのは、エドである。
「ヘキサマギアの元ギルド長にして、今はアルケミア軍の大将。フォルクス・ワーゲンハイト……君はその経歴に恥じぬ強者と見た」
「お前は一体?」
「僕はエド・マクスウェル……名前以外に名乗るものは特にないかな。僕にも肩書きの一つや二つくらいあれば良かったんだけどね」
文字通りの出没自在な男だ。そんな彼とて、何の理由もなしにこの部屋を訪れたわけではない。
「何の用でここに来た?」
「眠りの水晶を貰いに来たんだよ。僕は戦争にも国の未来にも全く興味ないけど、『ディヴェルト』なら僕を楽しませてくれると思ってね。その前に、君が僕と遊んでくれても良いんだよ?」
「……場所を移そう。もっと広い場所で相手をしてやろう」
自宅を戦場にするのは得策とは言えない。フォルクスはエドを車の助手席に乗せ、広い荒野へと赴いた。
――――時刻は午後二時頃。
まだ日の沈むような時間帯ではないことだけは確かだ。雲一つない空の上から、眩い日差しが辺り一帯を照らしている。天気はまさに快晴である。しかしフォルクスが闇の魔力を放つや否や、空はたちまち薄暗くなった。彼の足下の影からは黒い不定形物が形成され、まるで触手のようにうごめいている。荒野一帯の圏内の植物や小動物は、彼の魔力に生命力を吸われて次々と死に向かっていく。
無論、エドもその例外ではない。
「これは凄い闇魔法だね。自分の生命力が徐々に奪われていくのがわかるよ。早く君を倒さないと、僕が先に死んじゃうかも知れない。良いじゃないか……僕はこういう相手を待っていたんだよ!」
彼は嬉々とした笑みを浮かべていた。彼が真に求めているものはディヴェルトではなく、あくまでも強敵の存在だ。エドはすぐにフォルクスの頭上に現れ、ナイフを勢いよく振り下ろした。
ナイフの切っ先は、フォルクスの頭には届かない。
彼の足下から伸びる黒い物体が、エドの四肢に勢いよく絡みつく。黒い物体はエドを拘束したまま変形を繰り返し、彼の腹に一本の触手を突き刺そうとする。
「おっと……!」
これが他の魔術師であれば、力技でしか拘束を逃れられないだろう。ただし、エドの魔法をもってすれば話は別だ。彼はフォルクスの目の前に存在し直すことにより、いともたやすく拘束を逃れた。
エドはナイフを振り回し、黒い触手を切り刻みながら標的の方へと駆け寄っていく。フォルクスは一度目を瞑り、それからすぐに目を見開いた。彼の背中からは闇の魔力で出来た翼が生え、そこから無数の羽が発射される。
「闇は決して滅びない。例えこの世から全ての元素が消滅しても、闇だけは絶対に存在し続ける」
「なるほど、確かにそうだね」
闇の魔力で形成された羽は、まるで吹雪のように放たれ続ける。エドはその一枚一枚をナイフで切り落としていく。彼にしては珍しく、今のところの戦況は「防戦一方」と言ったところだ。
フォルクスは言う。
「お前は闘争を望んでいる……しかしただそれだけだ。国を背負う者を打ち負かすには、あまりにも覚悟が不足している」
両者の背負ってきたものの差は歴然だ。己を変えることに人生を捧げてきただけのことはあり、この男は一筋縄ではいかない強敵だ。しかしエドには考えがあった。
「確かに、このままでは勝てないね。もう少し遊びたいと思っていたけれど、君相手には『あの手』を使っても良さそうだ」
何らかの切り札の存在を匂わせつつ、彼は不敵な笑みを浮かべた。




