雨宿り
外はまだ土砂降りだ。氷で作った傘を差しつつ、つららは宛もなく街を徘徊した。それから約二時間が経過し、途方に暮れた彼女は小さな森の木陰で雨をしのぐ。真っ当な職に就こうにも氷属性の魔術師が相手にされるはずはなく、違法の闘技場は出入り禁止にされる始末。
「やれやれ、どうしたものか……」
彼女は雲に覆われた空を見上げつつ、深いため息をついた。
――その時である。
「まさかお前がここにいるとはな」
背後から話しかけてくる男の声。つららが振り向けば、そこにいたのは闘技場の元絶対王者。違法の闘技場から永久追放されてしまった彼女は、奇しくもダイナ・ディザートと再会を果たしたのだ。
「どうしてここに?」
「ここは俺のお気に入りの場所なんだ。小さい頃からお世話になってる」
「ふぅん。というか、闘技場の医療班は随分と優れた回復魔法を使えるみたいだね。あんなにいたぶったのに、肌が綺麗に再生しているじゃないか」
「……隣、良いか?」
「つららさんは、大雨の中で炎の魔術師を拒絶するほど酔狂な女じゃないよ」
相変わらず頭の回る女である。ダイナが炎魔法で暖を取れば、その隣に立つ彼女もおこぼれに与ることが出来るのは間違いない。ダイナは苦笑いを浮かべつつ、小さな炎を生み出した。
「一つ面白い案が浮かんだんだ。聞いてくれるか?」
「なぁに?」
「お前、稼ぎ口を失って困ってるだろ? 俺とお前でコンビを組んで、便利屋でも始めねぇか?」
「便利屋ねぇ……」
「普通の便利屋じゃ大した稼ぎにはならねぇ。だから俺たちの経営する便利屋は死体を隠したり、違法カジノみたいな警察の介入できない施設を護衛したりするんだよ。悪い話じゃねぇだろ?」
ここで言う「悪い話ではない」というのは利害の話である。汚い金のために残虐な戦法を駆使する少女と、違法の地下闘技場で闘争に身を捧げてきた青年。両者ともに、倫理や道徳を軽んじている身であることは間違いない。
だが意外にも、つららは彼の申し出を断った。
「ごめんね。つららさんは仲間を持たない主義なんだ」
「なぜだ?」
「一人で生きていくということは、無責任でいられるということだからさ。他人の命を背負わされることは絶対にネックになるし、つららさんの生き方は他人を巻き込めるほど安全なものでもないんだよ」
彼女には彼女なりの義があった。この少女は自由奔放に生きている一方で、その生き様は死と隣り合わせらしい。無論、つららが己の美学にこだわるように、ダイナもまた確固たる意志を持っている。
「地下闘技場で生計を立てていたような男が、危険な生き方を拒むとでも思ってんのか? ハイリスク・ハイリターン……上等じゃねぇか」
「つららさんは稼ぐためではなく、生きるために手を汚しているんだよ。君はあの闘技場で食い繋いでいるんだから、これからもそうすれば良いのさ」
「メシを食えるだけじゃ、ただ同じ明日を繰り返すだけだ。その先に輝かしい未来なんざ待っちゃいねぇ」
「とは言っても、未来は平等じゃないからねぇ」
「だから夢を持ったらいけないのか? 俺もお前も、夢を持つに値する強さはあるはずだろ!」
薄暗い地下室での闘争に明け暮れる日々に、余程の嫌気が差していたのだろう。彼は日常を脱することに必死だった。そして自分という絶対王者を破った一人の少女に、彼は全ての希望を託したのだ。
「夢なら一人で叶えてね。つららさんは人の命を奪えても、人の命を預かることは出来ないからさ」
「俺の命なんか預からなくて良い。俺の命の責任は俺にある!」
「……例えば君が敵の捕虜にされたとして、つららさんが身代金を払わないと君が殺される……なんてことになったらどうするの?」
「俺を信じて、誘拐犯にありったけの罵詈雑言を浴びせてやれば良い」
「今日出会ったばかりの君を信じろと言うのかい?」
つららの言い分はもっともだ。現実問題、仲間を持つことはその人物の命を預かることに等しいと言えよう。ダイナは言葉に詰まり、うつむきながら考え込んだ。彼がつららと手を組むことは、決して簡単なことではない。
そんな時である。
「見つけたぞ!」
「懸賞金は四百万ゼル……だったな」
「生死は問わない。行くぞ!」
彼らの目の前に、三人の賞金稼ぎが現れた。




