二人
つららと寧々は走るのをやめた。アルケミア軍の基地は、もう地平線の向こう側だ。二人は近くのベンチに腰を降ろし、疲労した体を休めていく。重苦しい空気が立ち込める中、先に沈黙を破ったのはつららだった。
「つららさんが依頼を断ったことで、ダイナくんもランボルくんも死んじゃった。明日は我が身だと思った方が良いよ、寧々ちゃん」
もちろん、寧々はこの後に続く言葉を知っている。彼女はまだつららと目を合わせていないが、それでも粗方の察しはつくようだ。
「覚悟の上です」
「ダメ。君はもうこれ以上つららさんと一緒にいるべきではないんだよ」
「……ダイナさんも、ランボルさんも、つららさんが独りになることなんて望んでいませんよ」
「つららさんだって、自分のせいで仲間が死ぬことなんか望んでない! やっぱりつららさんには、命を奪うことしか出来ないんだよ」
「つららさん……」
案の定、つららはダイナたちの死を気に病んでいた。事実、彼女と共に生きていくことは決して安全なことではない。そんなことは寧々も重々承知している。だが引き下がるつもりは毛頭ない。
つららは話を続けた。
「何をもってしても償えない。つららさんがいくら謝っても、頭を下げても、二人の命はもう戻ってこない。皆、本当にごめん……」
そこには、いつもの余裕に満ちた微笑みの面影はない。彼女の表情は、悲哀と罪悪感に染まっていた。彼女は両膝に握り拳を乗せ、肩を震わせていた。そんな彼女を横目で見つつ、寧々は言う。
「『ごめん』ではなく、どうか『ありがとう』と言ってあげてください。二人とも、私たちのために頑張ってくれたのですから」
謝罪ではなく感謝――ランボルの価値観は、寧々にしっかりと受け継がれていた。つららは青空を見上げ、か細い声で呟いた。
「……ありがとう。二人とも……本当によく頑張ったよ……」
彼女はようやくダイナたちに礼を言えた。しかし、あの二人はもうこの世にはいない。つららたちが自分たちの拠点に到着したのは、その日の昼頃のことである。事務室の壁には、満面の笑みを浮かべた三人の写真が飾られている。この写真も今となっては、三人で撮った最初で最後の写真だ。
*
その頃、アルケミア軍の基地の指令室では、ヴェルファが受話器を握っていた。彼は何者かに用事があるようだ。
「ランボルとメルが死んだ。便利屋はこちらの依頼を一向に受理しようとはしない。仮に連中が形だけ依頼を受理したところで、わざといい加減な仕事をしてくるのが関の山だろう。君は一体、何をしていたのだ?」
不幸中の幸いか、彼はつららを雇うことを諦めたらしい。しかしそれで全てが丸く収まったというわけではない。
彼が通話を繋いでいる相手は、アルケミア軍の大将――フォルクス・ワーゲンハイトである。
「こちらフォルクス。昨晩は私用で基地に来られなかった。この件について、深くお詫びしよう。すまなかった」
受話器から声が聞こえてきた。フォルクスには今、ヴェルファと話せるだけの時間があるようだ。
二人は通話を続行した。
「……愛国者ともあろうものが、国はおろか軍事基地の一つも守れないのでは話にならんな。私用とはなんだったのだ?」
「俺は『眠りの水晶』を見張っていた。元帥閣下……あなたがはなから『ディヴェルト』を復活させる気でいるのはお見通しだ」
「あの便利屋を雇うことを最初に提案したのは私だ。その私が『あの男』を復活させる選択肢に固執しているように見えるのか?」
「あなたはランボルの性格を理解していた。だからあえて戦争を憎む便利屋に依頼を出し、人質も確保し、軍の中で仲間割れを引き起こしたのだ。戦力を減らし、軍を追い込むことで、『ディヴェルト』の封印を解くことを唯一の選択肢にするために」
「……それが本当なら、私はとっくにあの情報屋に思惑を見透かされていたであろう。君が私を憎む気持ちは理解するが、私は腐っても元帥だ。どんな目的があろうと、君たちを計略的に死なせるような真似だけはしない」
言うならば、彼らは価値観が違うだけだ。両者は思想の上では対立しているが、それでも国を思う気持ちは変わらない。それぞれに、それぞれの正義がある――ただそれだけのことなのだ。




