ありがとう
メルの死骸は大量の幼虫に食い荒らされ、あっという間に骨だけになった。彼女の死を見届けたランボルは、力尽きたようにその場に膝をつく。
彼の勝利だ。
ランボルは酷く疲れ切っていた。
「はぁ……はぁ……また、殺しちまった」
苦しそうに呼吸を乱しつつ、彼は自嘲的な微笑みを浮かべる。寧々は急いで彼の方へと駆け寄り、彼の目の前にしゃがみ込んだ。彼女を拘束していた透明の柱と縄は、メルが死亡した時点で消滅したようだ。
「すみませんランボルさん……私のせいで……こんな……」
それが寧々の第一声だ。しかしランボルには、自分が彼女のせいで酷い目に遭ったという認識はない。
「よせ。俺様は謝られるのが好きじゃない。それに俺様は、俺様自身の心に従って動いただけなんだ。アンタは何も悪くない」
「あっ……ありがとう……ございます」
「ありがとう――――か。いつ聞いても良い言葉だ。どうやら、聞くのはこれで最後になりそうだけどな」
先ほどの死闘で多くの刺し傷を負った彼に、もはや助かる見込みはほとんどないだろう。ランボルは死を覚悟していた。メルの投げた槍が臓器にも突き刺さっていたのか、彼は口からも血を流している。
眼前の恩人が死を迎えようとしている様は、寧々にとってはあまりにも残酷極まりない光景だ。
「そんな……最後なんて言わないでください!」
恩人が死ぬことを、決して受け入れたくない――彼女はその一心だ。彼女の瞳から、悲しみの涙が零れ落ちる。寧々はハンカチを取り出し、何度も自分の目元を拭った。それでも彼女の涙は止まらない。
ランボルは強がったような笑みを浮かべた。
「おいおい泣くなよ。裏稼業で生計を立てているような奴が、たったの一日しか時間を共にしていない人間のために涙を流すのか?」
「だって……だって……」
「なん……だ……?」
薄れゆく意識の中、彼は寧々の言葉に耳を傾けた。
「あなたの記憶が、あまりにも眩しすぎるから……」
その言葉は、ランボルの胸に響き渡った。彼の瞳からも、一筋の涙が流れ出る。しかし彼には、その涙の正体がわからない
(俺様は……どうして泣いているんだ? 俺様は、自分が死ぬことが悲しいのか? それにしては、なんだか心が暖かすぎる気がするぜ……)
ランボルの心は決して傷ついてはいない。それどころか、彼は喜びに満ちた微笑みを浮かべている。彼は最後の力を振り絞り、話を続けた。
「そりゃどうも。それと、さ」
「何……?」
「最後にありがとうと言ってくれて、ありがとう」
「ランボルさん……」
「……俺様の記憶は把握したよな? 俺様はもう疲れたぜ……もう寝かせてくれ」
それがランボルの最期の言葉だった。彼はゆっくりと目を閉じ、そのまま二度と動かなくなった。
――――彼は永眠した。
寧々は涙を流しつつ、彼のズボンのポケットから鍵を取り出した。この鍵は彼に託された形見である。
「引き受けましたよ、ランボルさん。あなたの依頼は、必ず達成してみせます。私は便利屋ですから!」
何やら彼女は、ランボルに何かを託されたらしい。彼女の潤んだ瞳には、熱い使命感が宿っていた。
そんな彼女の元につららが到着したのは、まさにそんな時である。
「……ステアのボスが言ってたよ。正義の味方と悪人が共倒れになった場合、それは正義の勝利だって。正義の味方は、自分の命じゃなくて正義を守るんだって。ランボルくんは、戦いに勝ったんだよ」
「つららさん!」
「さあ急ごう。軍事基地の近くに長居するのは危険だ」
つららは寧々の右手を掴み、脱兎のごとく駆けだした。日が昇り始めた空の下で、二人は自分たちの拠点を目指して走り続ける。彼らの脳裏には、ダイナとランボルの姿がこびりついていた。




