決意
エドは話を続けた。
「話はなるべく手短に済ませたいんだ。君に伝えないといけないことが、後もう一つだけあるからね」
「伝えないといけないこと?」
「絶対にアルケミア軍の言いなりになんかなっちゃダメ……だってさ。君があんな連中に屈するのは、寧々にとっても癪に障るみたいなんだ」
それが寧々からの最後の伝言だ。その内容に納得がいかないのか、つららは憂いを帯びた表情でうつむいていた。
「……それで一番危険に身をさらされるのは、寧々ちゃんじゃないか。ついさっきもね……つららさんはダイナくんが死ぬところを目の当たりにしたんだよ。あの時、軍の依頼を断ったことをどれほど後悔したか……」
やるせない思いが、まるで蛇のように彼女の胸に絡みついていく。己の選択が仲間を死に至らしめたともなれば、その罪悪感は計り知れないものであろう。エドはそんな彼女を励ました。
「君が仲間の命を最優先していることは百も承知さ。だけどあの二人は、自己責任で便利屋に加わることを選んだんだ。その仕事が死と隣合わせであることも覚悟した上でね。君は本当に良い仲間を持ったもんだよ……つらら」
「良い仲間――か。つららさんもそう思うよ」
「それじゃ、僕はこれで失礼するよ」
これで彼の役目は終わりだ。この戦いに、彼はこれ以上介入するつもりはないらしい。エドは魔法による瞬間移動を行い、その場から姿を消した。
先ほどまで落ち込んでいたつららの中に、底知れぬ熱意がこみあげてくる。
「ダイナくんの死は、絶対に無駄にしない。つららさんは寧々ちゃんを助けるし、軍にも絶対に従わない!」
鉄格子の脇に空いている穴からは、外の景色がよく見える。彼女は意を決し、その穴へと飛び込んだ。
*
同じ頃、ランボルは敷地の外でメルと戦っていた。メルが右手に携える刀は、その表面にこびりつく虫の大群によって可視化されている。ダイナ相手には猛威を振るっていた彼女の魔法も、こうなれば脅威が大幅に軽減される。だがしかし、この不可視の物体にはもう一つの強みがあった。
二人が互いを睨み合う傍らで、寧々は叫んだ。
「ランボルさん! なるべく攻撃はかわしてください! メルの操る物体は極めて頑丈で、そう簡単に破壊することは出来ません!」
元より、あの物体はダイナの炎からメルを守りきっていた代物だ。ランボルの魔法をもってしても、それを食い破ることは困難であろう。
しかしランボルは自信に満ちていた。彼は約一秒だけ寧々と目を合わせ、自分の作戦を伝えた。
(アイツは物体を生み出せるだけで、自分の手元を離れた物体を遠隔操作できるわけじゃない。だけど俺様は、可愛い虫ちゃんたちを自在に遠隔操作できる。ある程度距離を取って戦えば、俺様に有利な戦いになるはずだぜ)
わざわざ敵の目の前で作戦を口に出す必要はない。何しろ、寧々は目の合った相手の記憶を把握できるのだ。
「頑張ってください……ランボルさん!」
戦闘においては無力に等しい彼女に出来ることはただ一つ――ランボルの健闘を祈ることだけである。
メルは虫の大群に包まれつつ、ランボルの方へと駆け寄っていく。洗練された刀術は虫の大群を薙ぎ払い、間合いを一気に縮めていく。どういうわけか、彼女の体はまだあまり捕食されていない。
寧々は一旦彼女と目を合わせ、この状況をランボルに説明する。
「メルは魔法で不可視の鎧を生成し、それを身にまとっているようですね。虫が侵入できるのは、関節などの隙間だけでしょうか……」
「道理で全然出血してないわけだぜ! それにしてもコイツ……魔法抜きにしても素の身体能力が高すぎる!」
「そうでしょうね……ランボルさんの魔法は火力に欠けますし、接近戦には不向きでしょう」
例え「不可視性」の壁を乗り越えられたとしても、そこには第二の壁が立ちはだかる。一方で火力とリーチに長けていたダイナには、不可視性の壁を突破することは叶わなかった。魔法とは得てして一長一短なものである。どんな力を持っていようと、全てを克服することは難しい。
「私の攻撃をかわすので精一杯……ですか。これでは虫を操ることに集中する余裕もなさそうですね」
メルは俊敏な太刀筋でランボルを追い詰めつつ、涼しい顔でそう言った。




