守るもの
ランボルがつららと対峙したのは、あれから数分後のことであった。彼には、何としても彼女を雇わなければならない理由がある。
(もし便利屋を雇うことが出来なかったら、元帥閣下は『ディヴェルト』を復活させるはずだ……)
正義感の強い者にとって、二つの問題に板挟みにされる状況はあまりにも酷なものだ。彼は覚悟を決め、つららに声をかけた。
「悪いな、便利屋。俺様がアンタをとっ捕まないと、元帥閣下が寧々ちゃんを拷問にかけるって言うんだ。俺様たちが戦うことは、正しいと思うか? 俺様には、何が正しいかなんてわからないぜ……」
「……例え正しくなかったとしても、つららさんは君と戦うよ。正しさだけでは守れないものを守る……そのためにね」
「わかったぜ。これで恨みっこなしだ!」
両者ともに、守りたいものは同じだ。二人は寧々を守りたいがために、ここで戦わねばならない。廊下を埋め尽くす虫の群集。機関銃のように放たれる無数の氷塊。二人の魔法は激しくぶつかり合い、互角の戦いを繰り広げている。
彼らが互角に渡り合っている理由はただ一つ――――どちらも本気を出していないからである。
つららは氷で出来たラケットを振り回し、周囲を飛び回る虫の大群を次々と叩き落としていく。
「君なら寧々ちゃんの居場所を吐いてくれそうだ。こんなお人好しの馬鹿は、殺すわけにはいかないね」
流石に一本のラケットでは攻撃を防ぎきれないのか、彼女の両脚の表面は何匹かの虫に捕食され始めている。しかもこの虫は、相手に一切の痛覚と触覚を与えない。つららは自分の両脚が血まみれになっていることにも気づいていないのだ。
更に虫の数を増やしつつ、ランボルは言う。
「元帥閣下には、アンタを生け捕りにするよう指示されている。これからアルケミア軍の戦力にするアンタを殺すわけにはいかないな」
体に傷を負っているのは彼も同じだ。虫が氷塊を完食するまでにかかる時間と比べれば、氷塊が彼の体を貫くまでにかかる時間など一瞬だ。
時につららは自分の体に群がる虫の存在に気づき、虫を素手で追い払うなどの対処をしている。しかし、常に己の全身に気を張ることはそう簡単ではない。少しでも気を抜こうものならば、彼女の見落とした部位はじわじわと食い散らかされていくことだろう。否、彼女は現にその状況にある。
(今までの戦いで、最も苦痛のない戦いだ。これだけ出血しているのに、何の痛みも感じない……)
無痛ゆえの脅威は、つららを容赦なく追い詰めていく。虫が服の内側にまで侵入したのか、彼女の服は血の色に染まっていく。
「……しょうがないなぁ。もう少しだけ、本気を出すしかないみたいだね」
もはや手加減をしている場合ではない。つららはランボルの体を凍らせた。彼女のもたらした氷は、例のごとく普通の氷ではない。
「体が焼ける……! アンタ、一体何をしたんだ⁉」
「これは超イオン導電体の氷さ。その融点は四千七百二十六度……原子爆弾の熱さを超えている。つららさんが今作った氷は約百度の熱さにしてあるけれど、その気になればもっと熱くすることだって出来るんだよ」
「融点が大体五千度ってことは、それくらいまでは熱く出来るってことだろ? 冗談じゃないぜ……」
「上司には、つららさんを倒すことは出来なかったと伝えておけば良いさ。さあ、寧々ちゃんの居場所を言うんだ」
数多の死線を潜り抜けてきただけのことはあり、つららはそう簡単には敗れない。彼女は右手に氷の槍を生成し、その先端をランボルの眼前に突き付けた。
「わかった、わかったよ。先ずはその槍を降ろしてくれないか? これじゃビビッて話も出来やしない」
「良いから言うんだよ」
「三階の一番奥の部屋だ! 正面口から見て右側の奥! 寧々はそこでアンタが来るのを待っている!」
「……ご苦労さん」
つららは魔法を解き、ランボルを氷から解放した。後は寧々の方へと向かうだけだ――――彼女はそう思っていた。しかしランボルの話はまだ終わらない。彼は右手でピストルの形を作り、人差し指の先を自分のこめかみに突き立てた。
「俺様が軍を裏切れば、寧々は拷問にかけられる。だが、もしアンタがここで俺様を殺せば、ただ俺様が戦死しただけという話になる。俺様は薄汚い人殺しだ……ためらう必要はない。俺様を殺せ!」
見上げた漢気である。実際問題、寧々の身の安全を確実なものにするには、もはやこの手段しか残されていないだろう。しかしつららは彼の申し出を断った。
「断る。君のことは殺さないし、寧々ちゃんにだって死なせない」
「な……何故だ⁉ 何故俺様を殺さない⁉」
「理由はただ一つ――――寧々ちゃんがそんなことを望まないからさ」
彼女はそう言い残し、その場を後にした。




