侵入
時刻は午前四時、横殴りの雨が降る夜明け前。アルケミア軍の軍事基地を囲うフェンスの前には、二つの人影が並んでいた。
「氷で鍵を作るのは簡単だ。しかし基地に侵入すれば、ただちにアラート音が鳴り響くだろう」
「……何か考えはあるのか?」
「残念だけど、正面突破するしかない。だけど軍だってつららさんに死なれたら困るんだ……うかつに手を出せるはずがないさ」
「正面突破するんじゃ、わざわざこんな時間に来た意味は……」
「いや、連中が起きている時間帯だと侵入にいち早く気づかれて厄介だ。建物の中であれば隠れる場所はたくさんあるだろうけど、建物の外はそうでもないからね。重要なのは、先ず初めに建物の中に忍び込めるかどうかなのさ」
氷の傘の陰から、つららは妙に強気な微笑みを覗かせた。彼女はフェンスの手前に、氷の階段を作り出す。
「あらゆる形状を作れるのって、本当に便利だな」
「へへへ……まあね。さあ、建物の中に入ったら、建物の右半分を中心に手分けして寧々ちゃんを探そう」
「何故右半分なんだ?」
ダイナは首を傾げた。無論、つららが捜索範囲を右半分と指定したことには大きな意味がある。
「寧々ちゃんが拉致される直前、つららさんは寧々ちゃんに、奴らが人質を監禁する場所が建物の右側なのか左側なのかを心の中で質問したんだよ。右側なら右目、左側なら左目でウインクするようにね」
「……なるほど。アルケミア軍の二人の記憶を把握している寧々なら、その質問に答えられるってわけだ。当然、寧々はお前の記憶も見れるんだから、お前の頭の中の質問と作戦も寧々には伝わっていると」
「そういうことさ。万が一左右が間違って伝わっても、寧々ちゃんはそれすらも魔法で把握できる。もし間違っていたら両目で三回瞬きをするようにも指示してあるから、建物の右側を探っていけば確実というわけさ」
実に抜かりない女である。二人は階段を登り、フェンスの奥へと飛び降りた。軍の敷地内への突入に成功した後は、いよいよ施設内に侵入するだけだ。つららは施設の入り口の前に立ち、鍵穴に自分の魔力を流し込んだ。彼女は魔力が氷の鍵に変化するのを確認し、それを回して鍵を開ける。
扉はあっさりと開かれ、大音量のアラート音が軍事基地を包み込む。
ダイナは天井に炎を放ち、そこに最上階まで貫通させた穴を開けた。
「つらら! お前なら足下に氷の柱を作って、一気に最上階まで行けるはずだ! 俺は下から探していくから、お前は上から頼む!」
「オッケー。もしダイナくんが寧々ちゃんを見つけた場合は、建物をまるごと燃やして合図して欲しい。もしつららさんが寧々ちゃんを見つけた場合は、合図として雹を降らせて窓を叩くような音を鳴らすよ」
「ああ、わかった」
「それじゃ、行ってくる」
仲間意識が強いだけのことはあり、彼らの連携はよく取れている。つららは氷の柱を作りだし、それを上方に伸ばしていくことで最上階へと到達した。彼女は建物の上から、ダイナは建物の下から寧々を探していく。当然、この間にもアルケミア軍の四人は戦闘の準備を整えている。
いつもの会議室にて、ヴェルファは部下に指示を出す。
「ランボルは銀髪の女を捕らえに、メルはオレンジの髪の男を始末しに向かえ。戦力となる仲間を一人殺されれば、あの女も我々に従わざるを得ないはずだ!」
戦争の日は近い。もはや彼には、手段を選んでいる余裕などないのだろう。しかしランボルは指示に背こうとする。
「罪の無い女の子を人質にして、その仲間を見せしめで殺すのかよ。いくら元帥閣下の指示でも、俺様は賛成できないぜ。はっきり言って、男のやることじゃない」
「そんな綺麗事はミュージシャンにでも語らせておけ。我々は国の命運を背負っているのだ。全てを救うことは諦めろ……平和とは犠牲を伴うものだ」
「国の命運を背負ってるだと⁉ 大層なことを抜かしておいて、結局は他力本願じゃないか!」
「元より、便利屋の連中は裏稼業の人間だ。我々は立場上、彼らを合法的に殺すことが出来る。お前が我々に従わないというのなら、人質を拷問にかけても良いのだぞ?」
「アンタは……卑怯者だ……!」
怒りに震える握り拳。悔しさに軋む奥歯。己の行動が人質の安否を左右すると告げられ、彼は眼前の元帥を睨みつける。その傍らでメルは眼鏡を外し、眼鏡拭きでレンズを拭く。そして眼鏡をかけ直し、彼女はこう言い放つ。
「ランボル。元帥閣下。これより私は、侵入者の始末に向かいます」
道徳心の高いランボルとは対照的に、メルは至って乗り気である。彼女は会議室の前方に設置された監視用モニターに映るダイナの姿を確認し、すぐにその場を後にした。ランボルも彼女の後に続き、渋々出動する。
二人が去った後の会議室にて、ヴェルファはふと呟いた。
「全く、こんな時にフォルクスが不在とは……一体何をしているのだ? 奴は優秀な戦力だというのに……」
彼は戦力としてフォルクスを信用していた。しかしどういうわけか、フォルクスはその場に居合わせていない。便利屋の三人からすれば、これは不幸中の幸いである。




