軍からの依頼
ここは便利屋の応接間。いつもの三人は、アルケミア軍の二人と向かい合うように長椅子に腰を降ろしている。軍の二人が彼らのもとを訪ねたのは他でもない、戦争への協力を依頼するためである。
ランボルは話を始めた。
「もうじき、アルケミア国とルナステラ国の間で戦争が始まる。そしてルナステラの連中は、ハルマゲドンの書を使うつもりでいるらしい。どうか、祖国を守るためだと思って俺様たちに協力してくれないか?」
この仕事に成功すれば、得られるものは大金だけではない。軍から直々に協力を依頼された少女が祖国を救おうものならば、想像を絶するほどの名声を得られることは間違いないだろう。
しかしつららは依頼を断った。
「……断る」
「何故だ?」
「戦争はこの世で最も愚かなことだからさ。戦争は罪の無い命を実験動物に変え、氷の魔術師の地位を底辺まで貶めた。あの『ディヴェルト』だって、戦争のせいで生み出されたようなものじゃないか」
それが彼女の言い分である。氷の魔術師として生まれ、人体実験場で育ってきた彼女にとって、戦争は自分の全ての苦しみの元凶に他ならなかった。そんな彼女に言われたことを、ランボルは何一つとして否定しなかった。
「『ディヴェルト』を生み出したのも戦争――か。確かに、戦争は愚かなことだな。俺様は祖国を守りたい一心で軍に入ったけど、正直今でも迷いはあるぜ。人の命を奪うことなんか、正しいわけないよな……って」
「当たり前だよ。軍隊は正義の味方なんかじゃなくて、法的に許されただけの人殺しなんだからさ」
「……それでも、誰かがやるしかないんだ。俺様たちは、正しさだけでは守れないものを守るために命を奪う――ただそれだけだ。まあ、アンタにだって依頼を断る権利くらいはある。邪魔したな、便利屋」
思ったより物分かりの良い男である。彼は即座に席を立ち、応接間を去ろうとした。しかしことはそう簡単には運ばない。
「手ぶらで帰るつもりですか? ランボル・ギーニザルト」
メルはそう言い放つや否や、何らかの力により寧々を自分の手元まで引っ張り込んだ。
「寧々ちゃん!」
「寧々!」
つららとダイナはすぐに手を伸ばしたが、彼らの指先は寧々には届かない。そこにはどういうわけか目に見えない壁が立ちはだかっており、二人が寧々を取り戻すことを阻んでいるのだ。
「やめろメル中将! 相手が依頼を受けないって言ってるんだから、諦めて他をあたるしかないだろ!」
ランボルはそう言ったが、メルはまるで聞く耳を持たない。彼女は黒いローブの中から拳銃を取り出し、その先端を寧々の口の中へと突き付ける。
「羽衣寧々――裏社会を中心に調査する情報屋にして、今は便利屋の一員でもあるようですね。彼女の命は私が預かりました。明日、我々の軍事基地まで来て、我々に協力することを約束してください」
横暴ここに極まる。つららたちからすれば不本意なことだが、ここでうかつに手を出すわけにはいかない。彼らが少しでも怪しい動きを見せたが最後、寧々の頭はたちまち消し飛ぶこととなるだろう。
「おやおやぁ? やってくれるねぇ。これだからつららさんは、軍ってヤツが大っ嫌いなんだよ」
「俺たちを怒らせたこと……必ず後悔させてやる。俺たち便利屋は、仲間に手出しした奴のことを絶対に許さねぇ!」
二人は依然として強気な態度だ。そんな彼らに冷めた眼差しを向けつつ、メルは寧々を連れて便利屋の拠点を後にした。
ランボルはつららに謝罪する。
「……俺様の上司の無礼を許してくれとは言わない。むしろ、あんな横暴は俺様が許さない。迷惑かけてすまなかったな……便利屋」
「まあ、君のせいじゃないし、謝らなくても良いよ」
「軍の連中は俺様が説得する。上手くいくかはわからないけど、お前らの仲間を解放できるよう全力を尽くすぜ」
相も変わらず親切心に満ちた男だ。彼は軽く会釈をし、応接間を後にした。
その場に残された二人は、メルに対する怒りに燃えていた。しかし、今下手に動くのは得策とは言えないだろう。無論、つららはこんな時であっても決して冷静さを欠かない。彼女はダイナに作戦を伝えた。
「……あまり明るいと人目につく。奴らの基地に侵入するのは、深夜の四時くらいにしておこう」
つららはいつになく真剣な顔つきだ。かつては独りだった彼女にも、それほどまでに守りたいものが出来たということだ。




