虫食み
便利屋の三人は研究室を出た。彼らはこれから、自分たちの通ってきた道筋を辿っていく。当然、その道中には無数のキメラが詰められていたあの部屋もある。つららは再び戦うことを覚悟し、部屋の扉を思い切り開け放した。
「用事は済んだかい? つらら」
部屋の中央にはエドがいた。その周囲では、生きたままの肉塊とキメラたちが微かにうごめいていた。どういうわけか、彼らがこちらに攻撃を仕掛けてくる様子はない。この奇妙な光景を、つららは少し怪訝に思った。
「一体、何をしたんだい?」
「ああ、これ? ありったけの薬物を投与して、コイツら全員を眠らせておいたんだ。死なない奴を足止めするには、それが一番効率的でしょ?」
「ああ……そう言えば、君は元々麻薬組織の幹部を務めていたね」
納得のいく説明を受け、彼女は安堵した。言うならば、エドはアルケミアを影で牛耳る麻薬組織の残党だ。そんな彼がどんな薬を所持していたとしても、別段驚くようなことでもないだろう。
「さあ、君たちもコイツらが目を覚ます前に帰った方が良いよ。流石の僕も、不死身の存在を完全に殺せるほど強くはないからね」
……一見反則的な強さを持っているように見える彼にも、技術的に出来ないことはあるようだ。
「恩に着るよ、エドくん」
「ありがとな」
「ありがとう……ございます」
三人は彼に礼を言い、広い部屋を後にした。エドは彼らの後ろ姿が見えなくなるのを確認し、彼らに続くようにその場から消えた。
*
時刻は午後九時頃。人体実験場には、意識のないまま生き続けているルイスと自我の統合の出来ないキメラたちだけが取り残されていた。突如そこに姿を現したのは、右手に懐中電灯を持った男である。
「やべぇやべぇ。俺様、完全に出遅れちまったぜ。迷子のガキさえいなけりゃ間に合ったんだけどよー……」
無造作にはねた薄紅色の髪と、腰に巻かれた黄色い上着。褐色の肌に、どことなくだらしのなさそうな風貌。彼はアルケミア軍の少将――ランボル・ギーニザルトその人である。どうやら彼は、この場所に何らかの用事があったらしい。
「……ま、いっか。あのガキの親は無事に見つかったことだし、ガキも親も喜んでたし、今日は最高の一日だったぜ」
なかなかのお人好し――もとい優男である。彼はさっそく、実験場の中へと足を運んだ。彼を待ち受けていたものは、歪な外見をしたキメラの群集だ。キメラたちは様々な魔法を使い、ランボルに襲い掛かる。
「うお……っと⁉」
壁に穴を開ける威力の水魔法が、彼の頬を掠めた。続いて、彼の左肩に強力な電流が通る。闇魔法の球体と、天井から降り注ぐ光魔法の雨。目の前から迫りくる炎と、足下の床から生えてくる巨大な刃物。不死性の備わった数の暴力は、つららたちでさえも苦戦するほどの脅威を発揮する。
ランボルはキメラたちの魔法を次々とかわしていくが、流石に電流を回避することだけは出来ないようだ。彼は何度も電撃を受け、全身に傷を負っていく。
「コイツら……この状態で生きてるってことは、ルイス博士の魔法で無理やり延命されてるんだろうな。だが、不死身のモンスターって奴ァ『食っちまえば良い』だけだ。全員楽にしてやるよ」
今度はランボルが魔法を発揮する番だ。彼はおびただしい数の虫を生み出し、それらを思うがままに使役する。虫の大群はキメラの体にまとわりつき、血肉を貪るように捕食し始める。キメラは魔法で抵抗し、迫りくる大群を返り討ちにしていく。所詮虫は虫だ――――単体ではすぐに殺されてしまう。
しかしランボルが一度に生み出す虫の数は、常軌を逸したものだ。キメラによる数の暴力をものともしない程の、究極の数の暴力。まるで数多の粒子が一つの物質を象るように、虫の軍勢は巨大な黒い塊を形成する。虫の塊は目まぐるしい速さで敵を捕食し、その血肉を己の養分へと変えていった。その場にいたキメラたちは瞬く間に全滅したが、ランボルは何やら浮かない顔をしている。
(はぁ……久しぶりに『安楽死』を施しちまったぜ。もはや相手の意思を確認できるような状況じゃなかったけど、俺様のしたことは正しかったのかなぁ)
傍から見れば、彼のしたことは正当防衛のようなものだ。しかし彼は、自分のしたことの是非について悩んでいる様子だ。ランボルは虫の大群を魔力の状態に戻し、それを自らの体内に取り込んだ。
彼は引き続き、真っ暗な実験場の中を徘徊していく。
(元帥も中将も、『ディヴェルト』の封印を解くつもりでいる。もし万が一、奴が目覚めた時のために、俺様も準備を整えておかないと……)
戦争の日は刻一刻と近づいている。アルケミア軍に残された時間は、ごくわずかだ。




