必要悪と独善
つららとルイスの対話は白熱していた。その傍らで、寧々は恐怖に震えていた。そしてダイナはと言うと……
「二人とも、なんだか小難しい話をしてやがるな。つまり何が言いたいんだ?」
……つららたちの話を半分も理解していなかった。ルイスは全身の刺し傷から血を流しつつ、ズボンのポケットから携帯電話を取り出した。つららは彼の行動を怪しいと感じたのか、怪訝な表情を浮かべる。
「……この状況で携帯いじりかい?」
「私の意思を継ぐ者が現れることを信じ、これから遺言を録音する。私の脳がお前に破壊されるのも時間の問題だからな」
「後継者の存在なんか絶対に許さない。君の意志は、君の命日をもってして断ち切られるべきだ!」
もはや命を奪うだけでは事足りない。眼前の宿敵の意志を絶たねば、この世に平穏は訪れないだろう。彼女は咄嗟に携帯電話を凍らせ、操作の利かない状態にした。ルイスはため息をつきながら肩をすくめたが、まだ口を閉じたわけではない。
「……ならばお前たちの記憶の中に、価値観の種を忍ばせておこう。人間は言葉を操る生き物でありながら、言葉に操られる生き物でもあるからな」
「つららさんたちは、君の言葉には絶対になびかないよ」
「まずは私の話を聞くが良い。私は最強の生物を生み出すため、人間を対象とした実験を繰り返してきた。食物連鎖の頂点に立つものは人間だからだ」
「そうだね。人間は、どんな怪物よりもおぞましい生き物だ。君を見ていると、それを嫌でも実感させられるよ」
「三十九年前、ハルマゲドンの書により氷の国は滅びた。それ以来、様々な学者がハルマゲドンの書に対抗し得る魔導書の研究に没頭し始めたが、私はあえて遺伝子工学に目をつけた。人間の生み出した脅威は、人間にしか克服できないと考えたからだ」
曰く、彼が人体実験を始めたきっかけはジェラトの崩壊であった。やはり戦争と技術革新は、切っても切れない関係にあるらしい。
「戦争はこの世で最も愚かなことだ。君はそんなことのために数多の命を犠牲にしたというのかい?」
「生命はどうせ争う。大国だけが甘い蜜を啜るような代理戦争が氾濫するくらいなら、いっそ堂々と殺し合う方が美しい」
「…………」
つららは絶句した。彼に言葉は通じるが、話はまるで通じない。彼女はまるで、宇宙人と話しているような気分だった。
ルイスの話はまだまだ続く。
「私は優生学に基づき、優秀な魔術師の遺伝子を掛け合わせてきた。そうして私の最高傑作が生まれたのは、今から三十六年前のことだ」
「……『ディヴェルト』か」
「ご名答。奴はかつてたった一人でアルケミアを崩壊寸前まで陥れた、まさにハルマゲドンの書を凌ぐ強さを持つ魔術師だ。『あの男』は今でも、アルケミア軍の最終兵器として『眠りの水晶』の中に保存されている。つまりは私の総当たり攻撃も、私の消費してきた命も、全ては意味をなしていたというわけだ! 私の科学は、この世界に究極の進化をもたらしたのだ!」
「それなら、どうして君は今もなお人体実験を繰り返しているんだい?」
「進化には終わりなどないからだ」
意識の続く限り、彼の人体実験は終わらない。彼は己の全てを科学に捧げてきたような男だ。その真っすぐな眼差しには、底知れぬ使命感が宿っていた。
つららの胸の奥底から、燃えたぎるような殺意がこみあげる。
「つららさんが殺した中で最も気高い悪党は、こう言ってたんだ。悪党にとって、正義に敗れることは存在を否定されることと同じだ……ってね」
「ほう……」
「君が自分を正義だと思っているのなら、つららさんは悪党として君の存在を否定しよう。潔癖症の正義の味方には自らの手を汚すことなんて出来やしない。こういう時こそ、必要悪の出番なのさ」
「私はアルケミアを代表する科学者だぞ? 言うならば、私はこの国で最も価値のある人的資本だ」
「『あの男』を生み出して祖国を崩壊の危機に陥れた君が、この国で最も価値のある人的資本だって? そいつは面白い冗談だね」
どうやら説得が通じないのはお互い様らしい。ルイスは自分の考えを改めず、つららは彼を殺すことを心に決めている。つららはダイナに指示を出した。
「ダイナ、コイツの頭を燃やして!」
「ああ、わかった!」
ダイナは彼女に言われるまま、ルイスの頭部を炎で包み込む。ルイスの頭部が勢いよく爆発し始めたのは、まさにその直後のことだ。たった一度の爆発ではない。彼の頭は小刻みに爆発を繰り返していく。
「……やっぱり、液体酸素と液体水素の氷で出来た粉末はよく燃えるね」
そう――これは彼女たちがヘルガと戦う際にも用いた戦法である。二人の攻撃は十数分ほど続き、床にはルイスの鮮血が飛散していく。やがてつららたちが攻撃をやめた時、ルイスは首から先の肉を完全に失っていた。
――――つららは積年の恨みを晴らした。




