総当たり攻撃
つららが扉を開いた先に、ルイスはいた。
魔法により生命を維持している彼の容姿は、あの頃と変わらぬ若さを保っていた。彼は三人の存在に気づき、おもむろに後ろを振り返る。寧々はいよいよルイスと目を合わし、彼の記憶の全てを把握した。
彼女はその場で嘔吐し、息を荒げ始めた。
どうやらルイスは、三人の想像を絶するような実験を幾度となく繰り返してきたようだ。寧々は顔面蒼白としていたが、かろうじて理性を保っていた。彼女は決して、その場から逃げようとはしなかった。
「今まで、どれほどの命をもてあそんできたのですか⁉ 好奇心を満たすためだけにこんな醜い生き物を作り続けて……あなたは……」
恐怖からなのか、あるいは怒りからなのか、彼女の声は震えていた。ルイスは妖しげな微笑みを浮かべ、あの言葉を口にする。
「美しくない命なんかない。私の生み出した全てが正しいんだ」
容姿だけではない。彼は口癖もあの頃と変わっていなかった。つららは手汗をかいていたが、眼前に立つ宿敵からは決して目を背けない。彼女はルイスに真っ向から反抗していく。
「命の質は、ただ命が存在しているだけで保証されるものじゃないよ。命なら全て存在することが正しいなんて、そんなの綺麗事に過ぎないね」
「いや、私のしていることは正しい。言うならば、私は宇宙の理に忠誠を誓っているのだ。お前は『総当たり攻撃』という言葉を知っているか?」
「もちろん知ってるさ。例えば、四桁の暗証番号があったとして、0000から9999までの全ての組み合わせを試すことで暗号を解くという手法のことだね。それが一体どうしたと言うんだい?」
突如挙げられた総当たり攻撃の話に対し、つららは首をかしげるばかりだ。しかし彼がこの話を持ち出したことには意味がある。彼の理念を説明する上で、総当たり攻撃という概念は欠かせないものなのだ。
ルイスは話を続けた。
「宇宙の理は総当たり攻撃だ。あらゆる天体は、無数の塵やガス、岩石などが万有引力で圧縮されることによって誕生する。地球は奇跡的に生まれたのではなく、ただ地球が生まれるまで宇宙の物質がうごめき続けてきただけなのだ」
「それで?」
「生命もまた同じ道筋を辿ってきた。多種多様な命が無数にばら撒かれ、生存者の遺伝子だけが後世に受け継がれてきた。宇宙の成り立ちも、生物の進化も、全てはこの世界の総当たり攻撃なのだ」
「つまり……君のしてきたことは……」
「遺伝子操作により様々な魔術師を生み出し、そいつらを戦場に送り出す……それが私のしてきたことだ。戦場は命を淘汰するのに最も適した場所だからな。私は長年、強力な魔術師を生み出すための総当たり攻撃を繰り返してきたのだ」
つまるところ、彼は総当たり攻撃の要領で遺伝子操作に没頭していたのだ。この時、つららは生まれて初めて義憤を覚えた。
「君は、そんないい加減な気持ちで命をもてあそんできたのか!」
「お前は科学そのものを否定するつもりか? 科学とは実験を繰り返し、あらゆるパターンを試行し続けることによって進化するのだ。この世に進化をもたらすものは、いつだって総当たり攻撃なのだ」
「……君は、下手な鉄砲を撃ち続けるように命をいじくってきた。大自然の代行者になったつもりで傲り高ぶる……『独善的な巨悪』……! それが君だ! ルイス・エアロシュタイン!」
「私の生み出してきた命を否定する者は、いつだって愚か者だった。奴らは個性を賛美する一方で、私の生み出す命の個性は決して受け入れようとしないのだ。連中はいつだって二枚の舌で正義を騙り、そして私の足を引っ張ってきた。お前もそんな有象無象の一人なのか? 364番よ」
「個性なんて言葉は、歪さの免罪符にはならないよ。そして、君は歪な存在を意図的に作り続けてきた。それを君は悪だと自覚せず、さも正義の行いであるかのように誇っている。つららさんは、君を絶対に許さない!」
とうとう彼女の堪忍袋の緒が切れた。彼女はおびただしい数の氷柱を作りだし、その全てをルイスの方へと発射した。当然、生命を維持する魔法を使える彼は、いくら血を流しても死に至ることがない。彼は大量の氷柱に全身を貫かれたが、依然として不気味な微笑みを浮かべるばかりだ。
「私に痛みを与えることが、お前にとっての正義なのか? 私が痛みを感じることで、誰が何を得るというのだ」
「これは……つららさんの個人的な憂さ晴らしだ。君に報いらなければ、今日の夕飯を美味しく食すことだって叶わない。君のような狂人を痛めつける理由なんて、そんなモンで充分なんだよ」
「狂人……か。宇宙の理に従う私と、それに歯向かうお前。本当の狂人は、一体誰なんだろうな」
「死だって宇宙の理だよ。魔法で様々な生命の生命活動を維持してきた君は、間違いなく宇宙の理に抗う狂人さ」
「それは浅い考えだな。己の持ちうる限りの力をもってして生にすがりつくことは、まさしくこの宇宙が生命に与えた本能だ」
この期に及んでもなお、彼は自分の行いが自然の摂理を逸脱しているとは考えていなかった。




