不死身のキメラ
――――そして現在、便利屋の三人はジェネティカ人体実験場を訪れていた。
その不気味な内装は何一つ変わっておらず、生命を冒涜したような肉塊は依然として陳列されていた。つららはこの場所で起きた悲劇を昨日のことのように覚えている。書斎や研究室の場所も記憶している。
彼女は決心した。
(あの時、つららさんは親友を守れなかった。被験者の命を奪えても、人の命を預かることは出来なかった。でも、今は違う。つららさんには今、守るべき仲間がいる。例え命に替えても、つららさんは二人を守り抜く!)
あの日、彼女は結局初めての親友を失ったようだ。しかし、今の彼女はあの頃とは違う。ルイスの支配を逃れ、自由の身となり、そして過去と決別した。つららが恐れるものはもう何もない。三人が人体実験場を突き進んでいくにつれ、こちらに敵意を持ったキメラの数も多くなる。
「……眠ってて」
つららはキメラを五体ほどまとめて凍らせた。
「うげ……気持ち悪い……来るな!」
ダイナは他のキメラを四体ほどまとめて焼き払った。キメラは皆不死身だ。ルイスの魔法により、生命活動を強制的に維持されている。例え凍らされようと、焼かれようと、生ける屍と化した化け物たちは容赦なく魔法を使っていく。木、炎、土、金、水、氷、雷、光、闇――――様々な魔法が入り混じり、便利屋の三人を襲うのだ。
「まったく、これじゃいくら攻撃し続けてもキリがないねぇ。自分たちの身を守るだけで精一杯だよ」
「まったくだぜ……お前、よくここから脱走できたよな……」
つららとダイナは自前の魔法により、様々な手を尽くして寧々を護衛していく。彼らは着実に最深部へと歩みを進めていたが、それでも不死身の敵が増えていくのではルイスの元までたどり着くのも難しいだろう。
この光景を前にして、寧々は怯えたような表情で震えていた。そんな彼女を気にかけ、つららは訊ねた。
「……どうしたの? 寧々ちゃん」
「このおぞましいキメラにも、記憶があることを確認しました。もちろん、感情にまつわる記憶もあります」
「そ、それって……」
一筋の稲妻のごとく走り抜けていく戦慄。つららには、その後に続く言葉が何となく予想できていた。無論、彼女がその予想を的中させたくなかったことは言うまでもないだろう。寧々は話を続けた。
「この人たちには自我があります! 複数の自我が常に交ざり合ってはいるものの、どの自我もルイスに対する恐怖心を原動力にしているようです!」
「やれやれ。わかりきってはいたことだけど、やっぱりアイツの頭はどうかしてるよ。これからアイツの記憶を把握しに行って、寧々ちゃんは本当に大丈夫なの?」
「この場所を最も嫌っているはずのつららさんがここまで来たのでしょう? 私が引き下がるわけにはいきませんよ。私だって、プロですから」
流石は情報屋だ。自分がいざという時に戦えないことをよくわかっている上で、彼女は危険に身をさらしてでも仕事を全うしようとする。目の前に価値のある情報が待ち構えている以上、寧々は決して歩みを止めない。彼女は情報屋だから仕事を全うする。彼女は便利屋だから仕事を全うする。
つららとダイナは強気な笑みを浮かべた。
「……良いツラ構えだねぇ、寧々ちゃん。こうなりゃ、あのいけ好かないサイコパス科学者の素性を丸裸にしてやろうじゃないか。ここで起きてきた出来事の何もかもを、世間に知らしめてやろうよ」
「俺たちは寧々を守る。寧々は情報を仕入れてくれる。誰一人として欠けちゃならねぇ戦力だ。死ぬんじゃねぇぞ……お前ら!」
「君はまず自分の身を心配するべきだと思うよ。君は無鉄砲でそそっかしくて、とにかく危なっかしいんだから」
二人は寧々を挟み込むように背中合わせになり、次々と襲いかかってくる魔法から身を守っていく。氷の刃や炎の光線によって細かく切り刻まれた肉塊は、床に血液を擦りつけながらも三人の方へとにじり寄っていく。
「コイツら……一体どこに意識が残ってやがるんだ!」
まるで悪夢だ。ダイナは必死に敵を焼き払っていくが、どんな手を尽くそうとも肉塊の細胞組織は死滅しない。寧々はキメラたちの記憶を頼りに、目の前で何が起きているのかを説明した。
「彼らは皆、自己修復機能を持つナノマシンを体内に埋め込まれているようです。ナノマシンは自己判断で密集して導線を形成し、電気信号を発することで細胞を操作しているようです。つまりある程度細かく切り刻まれた肉塊には、もう自我が残されていないということです」
次から次へと、忌まわしい真実が明らかになっていく。つららたちの中で、ルイスという存在はますます狂気を帯びたものと化していく。やがて彼らは廊下の奥にある扉を開き、大広間のような広い部屋に出た。
――――彼らの視界は、無数のキメラに覆われた。




