第二の希望
――――アルケミア軍の軍事基地にて。
四人の軍人たちは、この日も会議を行っていた。アルケミア軍の元帥であるヴェルファは、ある少女に新たな可能性を見いだしている。
「裏社会で便利屋を務める少女が、麻薬組織ステアを潰したらしい。裏稼業の人間を世間的に英雄扱いするわけにもいかないといった理由から、このことはメディアで報道されていないようだがね」
アルケミア国のメディアは国家権力に操られているらしい。つららは裏社会ではその名をとどろかせているが、世間一般的に有名人というわけでもないようだ。彼女自身にとっても、表立って目立つことは好ましくないだろう。
なお、彼女がステアを壊滅させたことについて把握しているのは、ヴェルファだけではない。
「その少女の話ならすでに伺っています。かつてジェネティカ人体実験場に収容されていた364番――氷属性の魔術師ですね。絶対零度から氷点までの範囲に限定された劣等種が、あの文上治人を倒したそうですが……どうせ真剣勝負ではなく暗殺でしょう」
どうやらメルも彼女のことを知っているようだ。しかし、その強さについては何も知らないらしい。メルだけではない。ランボルもフォルクスも、氷属性の魔術師であるつららを過小評価している。
「もし仮に暗殺じゃなかったとしても、せいぜいまぐれってところだな。考えてもみろよ、文上治人は全ての属性を持っているんだぜ? 氷魔法しか使えねぇ魔術師からすりゃ、文上はその完全な上位互換ってわけじゃん」
「……俺も闇属性の魔法しか使えないぞ」
「闇魔法はまだ、極めれば極めるほど敵の生命力を吸い取れるんだから成長性が期待できるだろ。だけど氷魔法には、メル中将の言う通り限界ってモンがある。絶対零度の氷を溶かせる炎一つで、あらゆる氷が無力になるからな」
「ああ、俺もそう思う。それに、前にも挙がった話だが、ルナステラ国はハルマゲドンの書を使うつもりでいるらしいではないか。氷の国を滅ぼした魔導書が使われるというのに、氷の魔術師に何が出来ると言うのだ?」
「全くだぜ。こんなことなら、いっそ文上治人を殺されちまう前に軍にスカウトしてた方がまだ良かったんじゃねぇか?」
……やはり氷魔法と言えば、世間的には純水から出来た氷がイメージされるのだろう。誰一人として、つららの魔法が万能であることなど想像もついていなかった。しかし今のアルケミア国は、戦争を間近にして藁にもすがる思いだ。
ヴェルファは言った。
「たった一冊の魔導書に国一つを壊滅させるほどの力があるなどと、誰が予想できたことか。氷魔法に何らかの特別な力が備わっていたとしても、もはや驚くには値しないだろう。『あの男』を蘇らせる前に、まずは便利屋の少女にアルケミアの未来を託してみても良いだろう」
彼の中にはまだ、「あの男」とやらを復活させる選択肢が残っているようだ。その選択肢はメルも推奨しているものだ。
「そういえば、『あの男』もジェネティカ人体実験場で生まれた逸材でしたね。彼はあの天才科学者――ルイス・エアロシュタインの生み出した最高傑作です。戦争のために作られた命は、戦争のために利用してこそ意味を為すというものですよ。早いところ『あの男』を復活させ、我々に服従するよう教育しましょう」
彼女はこの案の熱狂的な支持者だ。そんな彼女に激高するフォルクスもまた、熱狂的な愛国者である。
「教育だと⁉ かつてアルケミアを滅ぼそうとした『あの男』を、どうやって制御するつもりでいる! 以前、この話には結論が出たはずだ。今はまだ決断を下す時ではない、『あの男』を蘇らせる案は保留すると!」
「『あの男』の封印を解くのを先延ばしにするほど、教育に充てる時間も減っていきます。愛国心だけでは国は守れませんよ」
「教育などできるものか。三十六年前、ルイス・エアロシュタインは最強の魔術師を作りだした。だがそいつを制御する技術は今もなお存在していない。奴の最高傑作は、奴の生み出した最大の過ちでもあるのだ!」
激しい舌戦だ。両者ともに、一歩も譲るつもりはない。特に、フォルクスは譲歩して「保留」という意見を出した身だ。これ以上引き下がるわけにはいかないだろう。しかしメルは、この妥協点にすら納得がいかないらしい。
「しかしハルマゲドンの書に対抗し得る技術も存在しませんよ。国一つを滅ぼせる魔導書に抗える者は、国一つを滅ぼせる魔術師だけです」
「……何も、攻撃することだけが戦争の手段ではない。戦争では交渉術も試される。こちらもハルマゲドンの書を作りだし、互いに下手を打てない状況に持ち込もう。全てを丸く収められるかも知れない」
「その場しのぎにしかなりませんよ。アルケミア国はこれからも勝ち続けなければなりません。そのために、ハルマゲドンの書を凌ぐ技術力を見せつける必要があります。世界への見せしめとして、ルナステラ国を潰しましょう。我が国の誇る天才科学者の最高傑作をもってして」
彼女はいささか好戦的な性格だ。フォルクスは呆れたようなため息をつき、彼女を鋭く睨みつけた。