狂気のサディスト
ダイナは自分の出した炎を操り、目の前の標的を焼き払おうとする。しかし彼は目眩に襲われ、コントロールが逸れてしまった。炎はセレスには当たらず、天井に何の意味もない穴を開けた。彼の全身は火照っており、その表面には冷や汗が滴っている。苦しそうに息を荒げつつ、彼は険しい表情をする。
セレスはすでに、ダイナを魔法にかけていたようだ。
「すでにつらそうな顔だな。これからもっと苦しくなるぞ? 例えるなら、そう――――お前はまだ苦痛のスタートラインに立っているだけだ」
「くっ……このアマ!」
「そんな目で睨みつけるなよ。その強気な顔を恐怖に歪ませることを考えたら、興奮しちまうからよ。オレにとってはな……お前みたいな男が許しを請う姿は性的すぎるんだ。嗚呼、ゾクゾクしてきやがる」
そう語る彼女は、両手を自分の頬に添えながらうっとりとしていた。ダイナは震える両脚でかろうじて直立しつつ、炎魔法の魔力を溜め始める。
「今まで、そうやって何人の男をいたぶってきた!」
「あんっ……だめっ! そんなことを振り返ったら、体が火照ってきちまうだろ! 例えるなら、そう――――オレの心に火をつけるだけでなく、お前はご丁寧に燃料まで投下してるようなモンだ」
「この女……見た目と声以外の全てが気持ち悪い……!」
魔力が溜まっていくにつれて、彼の体は徐々に赤くかぶれていく。呼吸も更に荒くなっていく。ダイナは押し寄せる苦痛に耐えきれず、喉奥から込み上げる血の交じった胃酸を吐き出した。おぼつかない足取りで体勢を整える彼に対し、セレスは愉悦を込めた笑みを浮かべつつ忠告をした。
「無理をすると病状が悪化するぞ。体調が悪い時は安静にしないとな。もっとも、どのみち死ぬのは時間の問題だけどな」
「黙れ! 俺は、テメェを殺す!」
彼女の忠告を無視し、ダイナは無数の炎の球体を飛ばしていく。しかし彼の目の焦点は合わず、それゆえに魔法のコントロールはかなり鈍っている。セレスは炎の球体を軽々とかわしつつ、徐々に彼の方へと詰め寄っていく。そして彼の顎の下に指を添え、セレスは恍惚とした声で囁いた。
「初恋の日のことを思い出すよ」
「初恋?」
「あれは二年前……オレが十三歳の時だった。当時からステアで働いていたオレは、麻薬中毒者と会うことがとにかく多かったんだ。中には、借金を抱えてまでオレから麻薬を買おうとするほどの熱心なリピーターもいた」
「はぁ……」
「麻薬のせいで皮膚がただれ、骨がむき出しになっている……そんな男が、薬欲しさにオレにすがるんだ。その姿に嗜虐心をそそられ、オレは恋に落ちた。やがて男の借金は増え、奴に金を貸す者は誰もいなくなった。だから男はステアの倉庫に侵入し、麻薬を盗もうとしたんだ。そいつを見せしめになぶり殺しにした時、オレは人生で一番興奮したよ。あれから二年経った今でも、アイツのことを考えながら一人ですることがある」
……聞けば聞くほどおぞましい話である。彼女の口から紡がれる言葉の一つ一つが、ダイナの生理的嫌悪感を刺激していく。
「俺に触るな! この変態!」
「変態――か。良い言葉だ。オレは悪意や侮蔑から来る罵声を浴びるのは反吐が出るほど嫌いだが、恐怖から来る罵声は大歓迎なんだ。強者は脅かし、弱者は脅かされる。オレは強者だ」
「ああああああああ! 黙れ黙れ黙れ!」
肉体を蝕む苦しみと病的な言葉に心を揺さぶられ、彼は半ば取り乱している。彼は咄嗟に右手を伸ばし、セレスの首を掴もうとした。しかし彼女は妖艶な微笑みを浮かべたまま、左手で彼の右手首を掴んだ。
「キスしたことはあるか? なければ、お前のファーストキスはオレが奪ってやるよ。果たしてお前の免疫系は、オレの唾液にどんな可愛い反応を示してくれるかな?」
彼女はそう言うと、おもむろにダイナの唇を奪った。この瞬間、彼の背筋は凍りついた。
(ヤベェ……コイツ、ヤベェ! ただ強いだけじゃねぇ……この女、何から何までイカレてやがる! 身体が震えて、とてもじゃねぇがマトモに動けねぇ。俺は……この女に怖気づいちまったのか⁉)
この感覚は彼にとって、初めて味わうものであった。なお、この震えは恐怖のもたらしているものではない。
寧々は声を張り上げ、この震えの正体をダイナに教える。
「ダイナさん! その震えは痙攣です! あなたは今、SLEによって神経障害を引き起こされています!」
「そいつはシャレにならねぇな。寧々……一旦ここを出ろ」
「そんなことをしたら、あなたは……」
「……俺の記憶を把握出来るのなら、当然俺の思惑もわかっちまうわけか。だが今は博打に出るしかない。俺が生き残る道はただ一つ、俺の運を信じることだけだ!」
「……わかりました。ご無事を祈ります」
彼女は駆け足でその場を去り、ステアの本部を出た。ダイナは全身全霊を込め、膨大な炎の魔力を身にまとっていく。
「これで仕舞いにしよう……セレス・ルクレール!」
本部の一階は、紅蓮の炎に包まれた。