警告
ダイナは訊ねた。
「なあ、コイツってそんなにヤベェ奴なのか?」
先ほどの寧々の反応を見る限り、セレスの発言はハッタリではないことがうかがえる。寧々はセレスの魔法について説明する。
「目の合った相手の免疫を暴走させる……それがセレスの魔法です」
「免疫を暴走させる? つまりどうなるんだ?」
「この魔法をかけられた相手の体は、ありとあらゆる物質に対して極度のアレルギー反応を起こすようになります。彼女はこの『相手を苦しめて殺すこと』に特化した魔法で、組織の裏切り者や対抗勢力を嬉々としてなぶり殺してきました」
……反則的な強さだ。眼前の敵の驚異的な強さについて説明されたダイナは、面食らったような顔で立ち尽くすばかりである。
しかもセレスの魔法は、アレルギーを引き起こす程度にはとどまらない。その真価は更なる脅威にある。
寧々は怯えたような表情で説明を続けた。
「彼女がもたらすのはアレルギーだけではありません。彼女の魔法の一番の脅威は、何と言っても『自己免疫疾患』をもたらせるところでしょう」
「自己免疫疾患? なんだそれは……」
「自分の免疫系が、自分自身の体を攻撃する――という疾患です」
「なるほど……お前やたら詳しいな」
「私の予備知識ではなく、セレスの記憶です。ざっと見たところ、SLEという難病が特に危険そうですね。自己免疫疾患の一種で、なんでも全身の臓器が炎症を起こしてしまうそうです」
いわく、ここで撤退を選ばないことは賢明な判断ではないらしい。セレスは二人を嘲るような高笑いをした。
「ギャハハハハハ! まさか、この期に及んでオレを倒そうだなんて考えやしないよな? この状況を例えるなら、そう――――毒があるとわかっているキノコを目の前に出されてるようなモンだ!」
そう言い放った彼女の顔つきは、自信に満ち溢れたものだった。強者の余裕を感じさせる眼差しは、覇王の風格すら醸し出している。
しかしダイナは引き下がらない。つららに敗れたあの日まで、彼は地下闘技場の絶対王者だった身だ。
「……つい最近まで、俺は地下闘技場の絶対王者だった。数多くの無謀な挑戦者が俺に挑み続けてきたが、アイツらは決して勝利を諦めなかった。だったらよォ……元絶対王者の俺が撤退するわけにはいかねぇだろ!」
――――それが彼の答えであった。
セレスはニヒルな笑みを浮かべつつ、ゆっくりと拍手をする。
「素晴らしい。実に美しい心構えだ。例えるなら、そう――――買ったばかりの白いカーディガンのようだ」
「へっ……俺も伊達に絶対王者の名を背負ってきたわけじゃねぇからな」
「だがそんなお前も、泣いて命乞いをするようになる」
「そいつはどうかな? 俺は強いぜ?」
「穢れを落とすのは難しいが、美しいものを貶めるのは簡単だ。麻薬組織の幹部という職業柄、オレはたった一度の誘惑に負けて身を滅ぼしてきた奴をごまんと見てきた。そんなオレに、お前を穢す悦びをくれないか?」
彼女の表情は、どこか恍惚としているようにも見て取れる。それでいて、絶妙に官能的でもあった。頬を紅潮させつつ舌なめずりをする彼女を前にして、ダイナは背筋の凍りつくような確信に至った。
(コイツ……俺をいたぶる妄想で興奮してやがる! 間違いねぇ……コイツはマジモンの変態だ!)
彼の予感が正しければ、彼と対面している女は生粋のサディストだ。人の記憶を把握することの出来る寧々には、真相を確認することが出来る。
(……セレス・ルクレールの、今夜の『オカズ』が決まったみたいですね)
どうやら彼の予想は的中していたようだ。セレス・ルクレールという女は、まぎれもなく倒錯した性的嗜好の持ち主である。
セレスは話を続けた。
「猫なで声で命乞いをしろ。四つん這いになりながらオレの足にしがみつき、むせ返るくらい慟哭しろ。身も心もめちゃくちゃに掻き回してやるよ……もう二度とオレに歯向かえないくらいにな」
彼女が喋るごとに、彼女の内なる狂気は徐々に露わとなっていく。これ以上彼女との対話を続けていても、生理的嫌悪感以外のものは何も得られないだろう。
ダイナは話を切り上げた。
「もう良い。気持ち悪い話はもう結構だ。俺はテメェをブッ倒し、この仕事を遂行する……ただそれだけだ!」
彼は両腕を前方へと突き出し、両手の掌から眩い炎を発射した。