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騎士団長はつらいよ

女の子。

 王国騎士団とは、今や世界中に名を轟かせる、無敵の騎士団の名前である。

 魔術と剣術、強さが全てのこの世界で二柱をなす技術は一人ひとりが高レベル冒険者のそれに迫る。加え、合計すれば数え切れないほどの人数が居るのだから、この騎士団を保有する国には誰ひとりとして攻め込まない。

 正直言ってどこの国の騎士団なのかもよく解っていないが、なんかとりあえず強い連中ということで何となく名が通っているのである。

 そんな王国騎士団の強さの秘訣は、彼らを束ねる団長にある。


 「ああ……ビクトリア団長! 今日もお美しい……ッ」

 「まるで人形の様な整ったご尊顔! 加えてこの団の誰よりも強いというのだから、神にどれだけ愛されているのか測りかねん……」


 王国騎士団の本拠地で、団員達は中央を歩く少女を眺めながら恍惚とした表情を浮かべる。

 彼らの崇敬と噂の対象になっているのは、王国騎士団団長・ビクトリア・アストロン。肩まで伸びる長い金髪は、黄金のそれに迫る美しさを持つ。そして彼女の顔を見た者は決まって顔を真赤にし、倒れてしまう程だ。それでも彼女は自身の美しさを驕らず、周囲には毅然として接する。

 容貌も精神も、まるで美しさを体現したような彼女は、底知れず強くもあった。

 この世に存在するほぼ全ての魔法を使いこなし、英雄レベルに高いステータスによる剣術や槍術、体術にも優れる。16歳という異例の若さで騎士団を束ねているだけあり、彼女ひとりで一国の軍隊にも相当する程の実力者だ。

 まさに若き天才、完璧超人。そんな彼女が、畏怖と崇敬を集めないはずもなかった。


 「……」


 ビクトリアは無言で、凛とした表情で歩みを進める。

 彼女には目的があった。周囲には伝えていないが、彼女にとってはとても大きな目的。

 それゆえ、なるべく急がなくてはならない。ビクトリアは本拠地を出、いつものように町へ向かった。

 

 「あ、あれ?  もしかして、騎士団長のビクトリアさ……」


 町を歩いていた少女が、ビクトリアを見て何かを言いかける。

 ビクリと飛び跳ねたビクトリアは、あわあわと手を振った末、自身の顔をさっと隠した。

 ……まあ無論、こんな方法で隠せるはずもないのだが。しかし、ビクトリアの奇行を見た少女は、何かに気づいたようにはっ、と呟いた。

 

 (もしかして……ビクトリアさま、潜入調査をしているのかしら。この町に誰かが爆弾を仕掛けたりしたのかも……いえ、きっとそうよ! 顔を隠さなければならない事情があるのね、お仕事の邪魔をしてしまう所だったわ)

 「す、すみません。人違いでした」


 何か色々と察した様子の少女が、耳まで真っ赤にして顔を隠したビクトリアに頭を下げる。

 ビクトリアは恐る恐る、といった様子で片手を顔から離すと、少女に向けて手を振る。

 ……これも当然、普通ならなんの気なしに流されるのだが。ビクトリアの場合は、違っていた。


 (はっ、このサインは軍の諜報部が使用しているネタノール暗号!? 昔父様のパソコンを盗み見たときに知った事が、思わぬ所で役に立ったわっ!) 

 

 少女は無言で両手を組み、天に掲げて見せた。

 ネタノール暗号とは、今から千年近く前から王国軍隊で使用されている、指令を秘密裏に伝える為の暗号である。対敵したときに使用するため、全て身体の動作で使える事が特徴だ。

 ビクトリア程の人物であれば、勿論知っていてもおかしくはない。

 しかしながら――現実は、遥かに違っていた。





 (ふ、ふえええええっ!? なに、なんで急に手を掲げたのっ!?)


 ビクトリアは、暗号なんか使っていなかった。

 加えて言うなら、町に来たのは仕事なんかじゃなく、今追っている少女漫画『マジックは恋のあとで』の最新刊を買いに来ただけだった。

 彼女は、実は超絶引っ込み思案なのである。

 

 (ううう、急いでたせいでマスクを着けてくるの忘れた……!)


 幼い頃から、王国の名誉騎士に選ばれるほどの騎士の父、王宮魔術師団の団長を務める母の家庭に育った彼女は、英才教育を受けて育った。そのために人と関わる機会が絶望的に少ない、箱入り娘に育ってしまったのであった。正直言って、一切の汚れがない彼女は精神年齢が10歳くらいで止まっている。

 しかし周囲には期待されているので、軟弱な乙女の部分を晒す訳には行かない。ので、いつもはりんとした表情の仮面を着けて過ごしていた。

 そんなこんなで、周囲から勝手に誤解されるようになってしまったのである。


 (私は解っていますよ、ビクトリアさま! お仕事頑張ってくださいね!)

 (な、何!? 私に何か言いたいことがっ!?)


 ビクトリアは少女の挙動が理解できぬまま、内心滅茶苦茶慌てる。顔を隠していた手もいつの間にか離れ、町を歩く人々はビクトリアを見てぎょっとする。

 しかし、日頃貼り付いている表情はそう簡単には剥がれない。はたから見れば大人びた顔で少女のダンスを見守る姉にしか見えなかった。

 そして、町を往来する市民もまた、少女と同じ様に考えた。

 

 (落ち着くのよビクトリア! あなたは『マジコイ』を買いに来たんでしょう!? できるだけ早く買わなきゃ……)


 ビクトリアは慌てた末、覚悟を決めた。

 

 (すみません! 急いでるのでっ!)


 声には出さずに、ビクトリアは勢い良く頭を下げた。

 そして、書店へと走る。『マジコイ』は人気作。早く買いに行かなければ、『ドキドキ☆ルーカスさまの恋うらないブック』がついた初回限定版は売り切れてしまうこと必至だった。

 早く買いに行きたい。その思いが、彼女の脚を突き動かす。


 (あれは――ッ)

 (まさか!?)


 少女と、元軍人の魚屋のおじさんの思考が重なった。


 ((着いて来いッ!?))


 最悪の方向に。

 魚屋のおじさんは、走り去ったビクトリアを見、一瞬迷う。

 しかし、時間が無い。何よりもビクトリア様の為、仕方がないと、おじさんは声を張り上げた。


 (済まねえ、大事になっちまうかもしれないが……ピンチなら、俺達全員でお助けするぜ!)

 「おいテメエ等!! ビクトリア様をお助けするぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 




 『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!』


 市民は、自分の用事など投げ捨てた。

 花屋の店主は、ジョウロを投げ捨て走った。子供は遊び道具を捨て、大人と共に走った。老人ですらも、力を振り絞って走った。

 ビクトリアは、市民に慕われていた。 




 ……少女漫画を買いに行っただけなのに市民に追いかけられ、自身の趣味を思い切り見られたビクトリアは、人知れず泣いたのだった。


かわいい。

そして優しい。

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