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諜報員はつらいよ

つらい

 「暗殺者(アサシン)・アシュ。お前には、魔王城へ使者として、調査に行ってもらう」


 長年仕えてきた国王陛下に、私がそんな死刑宣告をされたのは、晴れた夏の昼下がりだった。

 しかし私は問い返すことも、もちろん拒否することも出来ない。主君がそうと決めたなら、私は火の中水の中、飛び込まなくてはならないのだ。

 ――魔王城。

 このゲームの最終目的である魔王が待ち構える、地図最北端の闇に包まれし巨城。入った者は皆、誰一人として帰ってきた者はいないとまで言われている。

 そこに潜入。つまり、まあ、私は捨てられたのである。


 「……因みに、調査内容は」

 「脱税だ」


 私が問うと、陛下はかりんとうをかじりながら即答した。

 言い訳を予め考えていたにしても、余りにふざけている。魔王が脱税など、私の知能はゴブリン並みだとでも思っているのだろうか。

 こうして、死地に赴く私に本当の派遣目的すら教えてくれない。陛下は私の事など、使い捨て程度にしか考えていないのだと思い知る。

 先ほどからかじっているかりんとうも、きっと私の命などかりんとうにも劣るのだという意思表示なのだ。せめて大福にして欲しかったが、意見を言うことなど不可能である。

 

 「あ、魔王の都に向かう時は王都のテレポート屋を使え。お弁当を買っておいた方が良いぞ、向こうの飯はあまり美味しくないからな。町を歩くおばちゃんに『美味しいランチはいかが?』と聞かれたら、きっちり断るんだぞ。帰してくれないからな」

 「……はい」

 

 良く分からない事を大真面目な表情で言う陛下に小さく返事を返し、私は飛んだ。

 いつもの様に空へ舞い上がり、空歩の魔法を用いて空を渡る。

 テレポート屋? 馬鹿を言え。最強の力を持った勇者が試練を乗り越えた末にたどり着く魔王城に、こんな平和な国からひとっ飛びで行けるものか。あの陛下は、どこまで私を愚弄すれば気が済むのだ。

 まあ良い。陛下の言う通り、弁当を買ってから行こう。できるだけ高いヤツだ。

 どのみち、食べる機会は無いと思うが。


――


 「……」


 普通にたどり着けてしまった事に複雑な感情を覚えつつ、暗殺者・アシュは魔王領の地を踏みしめた。

 空は黒い。真っ暗という程でも無いが、黒曜石が散りばめられたような輝きを感じさせる闇だ。しかしその空気は不穏、何とも言えぬ不安感をあおるような不快さを持っている。

 やはり噂に違わぬ不気味さだ。人が来ていい場所ではない、というのが分かった。アシュは身構え、無意識のうちに仕込みナイフに手を延ばす。

 けれど。

 けれども、なぜだろうか。


 「おーい、そこのお姉さん! 暗黒物質(ダークマター)の海で獲れたマグロはいかが!? 今なら安くしとくよっ!!」 

 「最新の禁忌魔術で永遠の貯蔵を可能にしたワインだよ! キンキンに冷えてるよ、禁忌だけに!!」

 「おい来てみろ! 『魔将軍』アスベル様の秘蔵写真だぞおおおおおおおおお!!」

 「美味しいランチはいかが? ディナーもそのまた先のランチも、一生面倒見てあげるわよぉぉっ!!」

 

 そこかしこを、人類の敵である魔族が歩いている。見た目だけは、至って普通の町のようにも見えた。

 しかもその中には、通常の魔族を大きく上回る身体能力や魔力を持つハイスペック個体・上位魔族もちらほら。

 

 「おいおい俺は上位魔族だぜ? ここは俺に譲れよ下級さんよぉ!」

 「ハッ、バカを言っちゃあいけねえな。ちょっと魔法が強いからって調子乗んな、アスベル様の寝顔写真は俺のもんだぁ!!」

 「紳士たるもの、争いは禁物だ。どうだい、ここは俺のヨメさんの寝顔写真と交換、というのは……

 「それスクショじゃねえか、画面の中から出してから言えやぁ!!」

 「今そういう魔術を開発中だ。賢者を舐めるなよ」


 アシュはナイフに延ばした手をゆっくりと離し、喧騒に包まれた魔王領の城下町を見渡しながら静かに微笑んだ。しかしよく見ると、彼女の肩は小刻みに震えている。

 そんな彼女に、大きな角が生えた子供達が駆け寄ってきた。


 「ねーおねえちゃん! 一緒に遊ぼうよ!」

 「おにごっこしよおにごっこ! ぼく、強いんだから!」

 「ぷいきゅあ!! ぷいきゅあみたい!! ラブリーアローやってよおねえちゃん!」

 

 どんどん子供達に群がられ、頬を引っ張られたり、長く伸ばした黒髪を勝手に三編みにされたりと散々なアシュ。

 しかし、動かない。

 歪な笑顔を浮かべたまま、表情筋すら固まっているかのようだ。

 そしてその表情のままで、遠い目で空を仰いだ。

 

 「なにこれ」

 

 本当である。







 「――『魔王』アザゼル殿。私はあすなろ国から使者として派遣された、アシュ・シュアーズだ」


 魔王城は豪華絢爛だ。

 さすが、世界征服を企む勢力の本拠地だけあり、ありとあらゆる快楽が詰め込まれている。酒が呑めるバー、色欲を満たせる拷問室、魔王から見たものだからかジャンルが悪に寄っているが、枚挙にいとまがない。

 もちろん、侵入者を防ぐ罠も多数あるが、アシュの前には全て無意味だ。

 アシュのような一国の王直属の暗殺者(アサシン)ともなれば、ほとんどが乳を離れてすぐに訓練を始めていたような者ばかり。その観察眼、身体能力は勇者――上位プレイヤーのそれに迫る。

 魔王がいる謁見の間ともなれば、装飾は一層に鮮やかなものとなる。しかしその荘厳さは失われておらず、アシュは若干の緊張と共に冷や汗を流し魔王を睨んだ。

 魔王はと言えば、無反応だ。ただ闇を纏った玉座から、下の人間を見下ろすだけ。


 (……陛下が言葉を濁していたという事は……何か事情があっての事だろう。取り敢えず探りから入れてみるか……)

 「アザゼル殿、お聞きしたい。私がここに来た理由、何か心当たりがおありか?」


 アザゼルの眼が、黄金に光る。

 宝石のようなそれがアシュを捉えた瞬間、彼女の身体は動かなくなった。まるで何かに縛り付けられているかのように、指一本として動かせない。

 アシュは絶望した。

 魔王は魔法も何も使()()()()()()。ただその威圧感に気圧され、動けなくなってしまっているのだ。

 この町に来てから油断していたのかも知れない、と、アシュは心中で焦りながら脂汗を浮かべた。



 ――そう。

 魔王は、本当に見ているだけなのである。


 (あっ、あれはッ)


 魔王がアシュの身体を睨めつけるように見、アシュは無意識に手で身体を隠す。

 魔王が捉えているのは、たった一つ。

 アシュの腰に掛けられた巾着。だがその程度の薄い布は、魔王の眼を前にすればガラスも同然。丸見えだ。

  

 (あすなろ名物『もぶ屋』の五十食限定・海鮮のり弁!!)

 

 ――この世界(ゲーム)には、役職が存在する。

 勇者、魔王がその最たる例だ。他にも僧侶や格闘家、暗殺者など沢山ある。それに応じたスキルや技術を得、魔王を倒すのがゲームとしての最終目的である。

 しかし、それは表向きのものだ。

 表職業、裏職業と定義した場合、ノクティスの『荒くれ者』やロベルトの『噛ませ試験官』は裏職業。ゲームを飾り立てる脇役としての職業に属する。そして、それらの業種と本人の人格は必ずしも一致しない。

 まあ要は、ゲーム上の人格と本人の人格は同じとは限らないのだ。

 寡黙で冷酷な魔王として恐れられ、世界征服を企む――そういう設定を持ちながら、実は滅茶苦茶優しく、単に引っ込み思案な魔王とかもいるのである。


 (食べたかったけど……あれはこの人の分だよな。部下に買いに行ってもらうのは悪いし、やっぱり変身魔法で姿を変えて何とか買いに行くしかないか……)

 「……フン」


 魔王はアシュを見下すように笑う。

 


 (嗤った!? ……私の目的など、お見通しという訳か……面白い)

 「……心当たりがないのか? 例えば払うべき犠牲を、払っていなかったりとか」


 あえて言葉を濁すことで、相手に威圧感を与える作戦に出るアシュ。

 しかし魔王は表情を変えない。まるで豚の鳴き声に耳を傾けているように、至極興味がなさそうな表情で頬杖をついた。

 効いていない。アシュには分かった。歯を食いしばり、魔王の返答を待つ。


 (犠牲……!? 俺なんかしたっけ? ちゃんと毎月電気代や水道代、ガス代は払ってるし……あ、真逆バレてる!? バケットモンスターの新作を買うための列に、禁止されてる使い魔を並ばせた事がバレている!?)

 「……さあな」


 滅茶苦茶効いていた。魔王は背中とかもう汗でびっしょり濡らしつつ、アシュに威圧感を放ちながらそう言い放った。

 しかしそのポーカーフェイスが功を奏し、アシュに焦りが伝わる事はない。それどころか、アシュは焦りを肥大化させていく。


 (く……当然口を割らないか。仕方ない、猶予はまだある。今日のところはこれで引き上げようか)

 「……私はこの国に滞在させていただく。明日も謁見する予定なので、ご了承頂きたい」

 (え? 明日も来るの? 参ったなあ、明日はぷいきゅあの特番がやるんだけど……)

 「――勝手にしろ」


 恐怖に抗い、国への忠誠をもって宿敵の罪を暴かんとする少女と、ぷいきゅあの放送を心待ちにするラスボス・魔王。

 2人の静かなすれ違いは、多分今後もしばらく続くだろう。

 そしてその頃、脱税が冤罪だった事が明らかになるも、なんだかんだで魔王軍が悪い奴らじゃないことを知っている何処かの王が、アシュに休暇をやるため黙っておくことにしたのはまた別のお話。

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