噛ませ犬はつらいよ
久しぶりです。
冒険者には、昇格試験が存在する。
ランクが高ければ高いほど、より高位の依頼を請けられる冒険者のかたち上、それは当然のことだ。皆が実力に合った依頼を請け、少しでも死のリスクを減らせるよう、ギルド側も色々考えているのである。
そして、今日は丁度その日だった。
「勇者アサギリ。君には、『紅蓮剣』ロベルト殿と闘ってもらう」
ギルド長の言葉に、共に試験会場に集まっていた皆がざわついた。
『紅蓮剣』ロベルト。実力者が少ないこの街のギルドにおいて、二つ名を持つ数少ない実力者。
その名の由来は、彼が持つ魔剣にある。
『紅蓮剣』は、由緒正しき公爵家・シズ家に伝わる魔剣。その名の通りに、振ると紅蓮の炎を放ち、周囲を焼き尽くすと言われている。
その強さは、冒険者ランクA相当。相当の実力者である。
「そのような方を充てがわれると云うことは……」
「アサギリ様のお力が認められている証拠ですわね」
「えへへ……」
いつもの様に褒められ、ロベルトの強さを知ってか知らずか、余裕の笑を浮かべて照れるアサギリ。
冒険者同士でパーティーを組む事は多々あれど、依頼を請けて達成して金をもらうという閉塞的な仕事上、関連性のない冒険者との関わりは少ない。なので、ロベルトの名は知らなくても無理はないのだが。
「ふん、随分なよなよしてて弱そうなヤツだね。ギルドの人材不足はここまで深刻だったんだ」
開口一番そう言って、ギルドの玄関ドアを開けて入ってきたのは、炎の様に紅い髪の毛を腰のあたりまで伸ばした軽装の青年。彼の姿を認めた途端、ギルド中が喧騒に包まれる。
見間違いようのない、『紅蓮剣』ロベルトだ。
整った顔に見下すような微笑を浮かべ、アサギリに近づいていく。そして髪の毛と同じ紅の瞳を爛々と煌めかせ、アサギリを正面から睨みつけた。
「オーラで強者だとは分かるけど、ボクほどじゃあないね。君だろ? ちょっと腕が立つぐらいで、恥知らずにもこのボクに勝負を挑んだひよっこは」
「……言い得て妙、か。まあ、初心者なのは事実だしな」
「ちょっと貴方。アサギリ様に失礼じゃない?」
「猿が調子に乗って、不愉快です」
いきなり煽るような台詞を吐いたロベルトに、ミーシャとゼロハチが食って掛かった。
そんな彼女らを後ろ手で制しながら、アサギリはため息を吐き、未だに睨んでくるロベルトに笑みを向ける。
好戦的な笑みだ。同時、アサギリの身体から底しれぬ威圧感が放たれる。
「いいんですか? 俺、手加減とか出来ませんけど」
「ッ……こちらの台詞だね。我が一族に伝わる宝刀・灼熱剣アトラウスで一撫ですれば終る、つまらない勝負になりそうだけど」
ロベルトの力は誰もが知っている。通り名をつけられると云うことはそう云う意味で、無名の冒険者が太刀打ちできる相手ではない。
しかし、周囲の冒険者達は薄々思っていた。この勝負、分からないと。
伝説級モンスター・ブラッドファングを単独撃破した功績を持つ気鋭の新人と、宝刀を振るい全てを灼き尽くすベテラン戦士。
どちらが勝つのか、2人の思惑は交差する。
「さあ、ゲーム開始と行こうか」
「フン。まあ勝つのは、ボクに決まっているけどね」
対決が、今始まる――
――
夜の冒険者ギルドは、昼に増して喧騒に包まれる。
依頼の受注よりも、酒場の注文の方が多くなる為だ。昼間稼いだ銭で夜は宴会、というのは、お財布生活完全自由な冒険者の特権である。というか、そういうヤツしか冒険者にならないのだが。
しかしながら例外もいる。
貴族家の出身でありながら、通常収入の安定しない冒険者ギルドに籍を置く青年。
「結論から言うと、滅茶苦茶弱かった」
「まあお前、灼熱剣持ってるもんな。普通にやりゃ、あの勇者どころかギルドごと焼き尽くせるもんな」
『紅蓮剣』ロベルトが、『荒くれ者』ノクティスとその取り巻きと共にテーブルを囲んでいた。
今のロベルトは装備をつけておらず、普段着を着て酒瓶を空けていっている。童顔で、まるで女のように端正な顔の彼が顔を真赤にして一気飲みをする姿は違和感に溢れるが、周りの冒険者はもう慣れてしまったようだ。
彼も所謂『負け役』。冒険者達の憩いの場である酒場は、彼らのような現在の待遇に文句がある面々の溜まり場になっていたりもする訳だ。
「剣筋は素人だし、回避も満足に出来てないし、ホントに威勢とステータスだけだったよ。あれはまだプレイ時間十時間行ってないけど、攻略サイトを見て女神の泉に先行ったタイプだね」
「そういうヤツ、最近多いよな。俺達負け役も、普通に弱いヤツに負けるのが一番苦労するし」
「なにげに俺ら、普通にそこらのプレイヤーより強いしな。何であいつらの方がモテるのか本当に分からん」
ロベルトが今日あった事を語り、マッキーとザッコスがそれにノる。いつもの風景だ。
ノクティスは、と言うと、ただただ酒を呑んでいる。そして唐揚げを口に放り込み、無表情でもぐもぐする。こういった宴会の場では、決まってこうだ。
以前、マッキーがノクティスになぜ喋らないのか聞いた事があるのだが、彼は平坦な表情でこう答えた。
「家では雑草か虫くらいしか食えねえからな。身体使う仕事だから、食える時に食っておきてえんだよ。……おっと、食べないのならそれもくれ」
以降、この宴会は前にも増して頻繁に行われるようになった。
手取りだけでもそれなりに稼いでいるはずのノクティスは、慈善団体に寄付したりで金がないのだそうだ。
全く、荒くれ者にはとても似合わないお人好しさだ、と取り巻き達。
「……マッキー、ザッコス、ノクティス。ボクの悩みを聞いてくれるかい?」
「お、おう。どうした急に」
「へへ、かしこまらなくていいって。俺らダチだろ? 悩みなんざ幾らでも聞くぜ」
未だもぐもぐ言い続けるノクティスも、ロベルトに向き直って無言で頷く。もちろん咀嚼はやめない。
それを見たロベルトは荘厳な雰囲気を出しつつ酒を一口呑み、勢いよく机に叩きつけた。
いつしか、他のテーブルで宴会をしていた冒険者達も皆ロベルトの背中に注目していた。それ程の威圧感を、彼は放っていたのだ。
彼の口元に微笑が浮かんだ。
――そして、言い放つ。
「転職したい」
「「「諦めろ」」」
同時だった。
返答が早すぎて普通に未来見えてた説が出てくるレベルの三人に、ロベルトは唖然としながら酒を呷る。いやどんだけ酒好きなんだよ、とザッコスは思った。
三人は同情の籠もった目でロベルトを見、優しく肩を叩いたり酒を頼み始める。普通に困惑するロベルトに、ノクティスが綺麗な目で彼を見つめながら言った。
「お前もそこまで来たか。フン、随分と遅かったな」
「お前なら出来ると思ってたぜ、ロベルト。むしろ今まで良く耐えてたな」
「ご愁傷さま」
「何だよ、まだ理由すら言ってないだろ! やめろ! 優しい目でボクを見るな!」
急に優しくなった三人に顔を真赤にして怒鳴るロベルトだが、三人はなおもニコニコと菩薩の様な笑みで気持ち悪いほどの気遣いをする。
多大なストレスでおかしくなってしまったかのように見えるその奇行は、普通にその通りであった。
やめたい、転職したいという気持ちが大きすぎ、一周回ってそれを誇るようになってしまったのだ。三人の脳内には、社畜精神に近いものが芽生えていた。
「……これでも耐えてたんだよ? 臨時の試験官っていう設定を守るためにイベント時間に合わせてそれっぽい感じで登場してたし、どんなに弱いヤツにだって負けてやってた。でも疲れたよ。この前なんて、よく雑貨屋の前で酒飲んでるハゲのおじさんに『あんた、あんな仕事で食えてんのか? これじゃ紅蓮剣じゃなくて食えん件だな、はは』って煽られたんだよ!? 何だよ食えん件って、地味にセンスがいいのが腹立つ!」
「褒め言葉じゃないか。俺なんて近所の子供に、『変態戦隊熟女下着マン』って呼ばれてるぞ」
「君と並べられたくないよザッコス!!」
ロベルトは酒瓶を机に叩きつけ、勢いよく手を挙げた。
「ビール、樽でもってこーいっ!!」
「おま、まだ呑むのかよ!? もう瓶で百本は空けてるだろ!!」
「酒豪ってレベルじゃねーぞおい!!」
トチ狂ったとしか思えないロベルトの暴挙に、ザッコスとマッキーが慌てて突っ込む。
しかし、今日のロベルトはとても止められそうにない。真っ赤な顔で笑む彼の瞳は、真紅に光り輝いていた。
「ははははは、今日は宴だ! やってられるかぁーっ!!」
「だからそのあだ名は、お前が熟女のパンツを盗んだからついたもので……」
「は? おま、俺とかマジでブイブイ言わせてるから。三十年前とか素手でドラゴン倒したから、徒手空拳ドラゴンスレイヤーだから」
「お前何歳だよ」
まあ、カオス、という言葉でしか形容しきれない状況だが。
今日も脇役達は、人生を謳歌する。それなりに、主人公でなくとも幸せは得られるのだ。
騒ぐ脇役4人の笑顔は、星空に浮かぶ月に、静かに照らされていた。
楽しいです。