つらくないものもある
先日吠えてきた犬を睨んだら紙一重で負けました。
このまま研鑽を続ければいずれは犬でもビビらせる男になれることでしょう。
別になりたくありません。
「自分、年収なんぼなん?」
突然起き上がった、さっきまで死んでいたはずの巨大猪。
その大きな口が開き、そんな言葉を紡いだ。
荒くれ者三人組は唖然とした表情で猪を見つめるが、ギルド長は苦笑している。
「よう、ブラさん。今回は早かったな」
「や、ホンマはもっと休みたかったんやけどな。こいつらのハコビが下手すぎて、途中で起きてしもたんや」
「ぶ、ブラサン?」
ブラさんと呼ばれた猪が、困惑気味に言ったノクティスの方をギロリと睨む。
「せやせや。君に言うとんのやぞ。見たとこ君、冒険者やろ? 年収なんぼあんねん」
「え……百万ギルちょい、ですかね。あと俺は荒くれ者で……」
「やっす! やっすいわー、絶対サボってるやろ! ちゃんとやってりゃそんな安くはならへんよ」
ノクティスの心にかいしんのいちげき。
倒れ伏したノクティスをザッコスが庇う中、マッキーが怒鳴る。
「何だお前猪の分際で、てかなんで生きてんだ!」
「なんでもなにも、死んでるなんて言った覚え無いんやけど。ワイは不死身ってやつやねん。あ、富士見のほうやあらへんよ」
良くわからないことを口走る猪にマッキーが若干引く中、ギルド長がたしなめるように。
「こいつらはお前のことを何も知らないんだ。どうか無礼は許してやってくれ」
「なら仕方あらへんな。よっしゃ、ワイの事教えたろ!」
「いや、聞いてねえんだけど」
ザッコスのツッコミなど耳に入らないかのように、猪は得意げに話し始めた。
「ワイはブラッドファング。『主人公の強さをわかりやすく伝えるために余裕で討伐される激強モンスター』をやっとる」
「じゃあ、俺らみたいな脇役ってことか?」
「せやな。ジャンルも似てるし君等の仕事と近いんやけど、君等と違うのは収入やね。なり手が凄く少ないけど需要が高いから、一回の仕事で五十万ギルは固いんやで」
その言葉にノクティスが更にのけぞった。
そもそも彼等のような『負け役』と云うのは、脇役の中でもなり手が少ない。心と身体にダメージを負うからだ。その上、待遇もその過酷さに見合ったものとは言いづらい。
その中でも特に少ないのが、ブラさんのような魔物の負け役である。ストーリー上で必要な存在であり、待遇も他職に比べ格段に良いものでありながら、死にかけるというデメリットにより忌避されがちだ。
そんな事を話した後に、ブラさんは笑って言った。
「ワイは不死身や。昔うりぼーだった頃、魔女の呪いに掛けられてな。でも、今この仕事にそれが役立っとる」
「ブラさん……」
「仲間は皆死んだんや。今この地球上に居るブラッドファングはワイだけ。これからいつ死ねるかもわからん長い人生がまだまだ待っとる。君らも、金だけじゃない尊さってのを理解して、楽しく過ごしてや」
「「「はい!」」」
なんかいい話になろうとしているが、三人はちゃっかりブラさんが落とした毛を拾っていた。
やはり荒くれ者には金だな、と、ギルド長は薄汚い笑顔を浮かべながら考える。
「今日はお疲れさん。中々気持ちよかったで。君たち案外運び屋のほうが向いてるかもしれへんな」
そんな言葉を背に、荒くれ者たちはギルドに帰還した――。
「おいおいマジかよ、ブラさんの毛が20万ギルで売れたぞ!」
「俺が一番多く拾ったんだから全部俺のな!」
「バッキャロー、俺の方が一グラム多かったよ!」
「んだこら証拠を出せよこらあ!」
「やんのか!」
……。
と、まあ根っこのところは変わらない三人組なのであった。
「いい加減、困るんだがなあ……」
ギルド長の静かな叫び声が、彼の心の中にだけこだました……。
犬より猫の方が好きです。
なので猫をビビらせないよう怠惰な自分のままでいようと思います。
猫は飼ってないです。