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脳筋はつらいよ

こんにちは。秋も深まってきましたね。

こんな寒い日は半袖短パンで外で雪だるまでも作っては如何でしょうか。

そんな事を考えていたらスノーマンという名前が浮かびました。多分一生ライブには行きません。

 「これ、なんですけど」


 勇者アサギリが、何も無かった筈の空間から巨体を出現させた。

 冒険者ギルドの広い敷地の中でも、明らかな巨大さを持つその物体。巨大な牙は一メートルにも及び、鋭い目がギロリと驟雨を睨んでいる。それは、猪の魔物だった。

 もう事切れているのか、ピクリとも動く気配がない。だがその体に外傷は見当たらず、不自然なまでに綺麗だった。

 受付の前にどんと置かれたそれを指差し、アサギリはそう言った。


 「こ、これは!? ブラッドファング!?」


 ギルドの受付嬢が叫ぶ。

 その声に、ギルド中があっという間に騒ぎになった。

 

 「お、おい……ブラッドファングって……」

 「ああ……確か、一体で街一つを滅ぼせる程の力を持つっていう伝説に近い魔物……。通常は千人レベルの討伐隊を組んで何とか撃破するようなヤツだ……」

 「あいつ、最近名を馳せてるって冒険者だよな? 真逆ブラッドファングをソロ討伐したのか……?」


 所々から聴こえてくる声に、勇者アサギリが苦笑しながら言う。


 「こいつ、そんな凄いんですか? 森で襲ってきたから、ちょっと三人で討伐してきたんですけど」

 「凄いなんてものじゃないですよ! 天災級の力を持つブラッドファングを三人で討伐だなんて、間違いなくSランク冒険者でも達成出来ない偉業です! それにアサギリさん、今この魔物をどこから出したんですか!?」

 「固有スキルのアイテムボックスですけど」

 「アイテムボックスぅ!?」


 更に騒ぎ出す冒険者達に、アサギリは『参ったなあ……』と呟く。

 ミーシャが少し顔を赤くしながら、上擦った声で言った。


 「そ、それで! 討伐報酬は幾らほどですかっ?」

 「はい、今すぐに持ってまいります!」

 

 受付嬢が興奮気味に言い、裏のドアに入る。

 そしてしばらくすると、大きな袋を持って出てきた。

  

 「では、天災級魔物『ブラッドファング』討伐報酬! 概算ですが、二億ギルとなりますっ!」

 「「二億ギル!?」」

 「さすがはアサギリ様です」


 おいおいまじかよ……と言った表情で袋を受け取るアサギリ。

 

 「それでは、この魔物はこちらで引き取らせていただきますね!」




――

 






「ようノクティス」


 冒険者は多忙だ。

 資格を必要としない職業であるが、その職務は多い。ギルドの依頼を自分の意志で受けることもあれば、大型魔物が現れた際の多人数戦闘に駆り出されるときもある。

 仕事も多いが人数が多いだけあって、戦闘だけで食べていける冒険者は上位の実力者だけだ。そのため、基本的に魔物の討伐と、素材集めなどの雑用で生活を回している冒険者が多いのだが……。


 「今日も派手にやられたな」

 「ああ、だが今日はまだマシだった。昨日のヤツなんか倒れた俺の前で女とキスしやがったからな」

 「ゲームの中だってのに、何が楽しいんだかなあ……」


 彼……冒険者ノクティスは、『荒くれ者』の職業で生活を回している変わり者だった。

 鎧のような筋肉から溢れ出る強キャラ感、そしてそれに伴った高いステータスを持つ彼だが、何故か冒険者としての仕事をあまり請けたがらない。

 それにもなにか理由があるのだろう、と、周囲には思われている。


 「やっぱ今月も厳しいのか?」

 「まあそうだな。特に今月はあっぷでーとがあったから、あんまり転生者が居なかったし」

 

 ギルド長の言葉に、ノクティスはため息を吐きながらそう返した。

 アップデートがある月は彼等のような『脇役』の仕事が減り収入が少なくなるのは日常茶飯事だが、今月は特にプレイヤーの数が減っていた。

 いつもよりも内容が多い、大型アップデートの施行である。

 新ストーリーの配信に加え、新キャラクター、装備品、アイテムなどが実装された。しかしながらそのボリュームの弊害としてか不具合が多数発見され、まともに使えるようになったのは月末近くになってからなのであった。

 

 

 「荒くれ者ってのも各国に居るし、人数が少ないとはいえここだけがプレイヤーの初期地点な訳じゃねえしな」

 「相当な痛手だよなあ……」

 「そうだな……」


 そんな彼等の言葉に、ギルド長はニヤリと笑った。


 「お前らに仕事を頼みたい」

 「「「は?」」」


 そして、三人の言葉がハモった。

 周囲の冒険者ですらざわついている。全くのイレギュラーな事態だからだ。

 当然である。

 

 「お、俺らには仕事を依頼しないって約束じゃなかったのか!?」

 「俺らが何のために荒くれ者やってるか知ってんだろあんた!」

 「魔物と戦うのとか怖いし安くても楽に稼げるほうがいいからだぞ、それをお前、ふざけんな! 俺らにマトモなクエストをやらせる気か!」


 案外ふざけた理由だった。 

 冒険者達の三人を見る目が変わっていく中、あいも変わらず三人は騒ぎ続ける。ギルド長は苦笑しながら、まあ落ち着け、と押し留めた。


 「お前らに頼みたいのは戦闘じゃない。武器も必要ない」

 

 黙って不思議そうな目を向ける三人に、ギルド長はニヤリと笑って言った。



 「なに、あるものを運んでもらうだけだ」



――

 


 「これだよ」


 ギルド長が案内したのは隣町の冒険者ギルド。

 その裏口の所に、それはあった。


 「うわ、これ……」

 「ブラッドファングだな。討伐隊が組まれたって情報は無かったが……」

 「ていうか、こんなとこに置いてあっていいのか?」


 ブラッドファング。

 その巨大な身体が、ギルド裏手に放置されていた。

 外傷が無いことを気にしながらも、ノクティスはその巨体に触れる。毛が触れ、少しチクチクする感触。

 ギルド長は笑み、ぶっきらぼうにブラッドファングを指差して言う。

 

 「そいつを山に運んでもらいたい」

 「山に?」

 「そうだ。力があって暇なお前たちに頼みたかった」

 

 事実この三人は、見せかけの筋肉なわけではない。

 魔物との戦闘は好まないだけで、この世界を冒険者稼業で生き残れるだけの力量はある。無論、それを使おうとはしないが。

 なので、推定五メートルはあろうかというこの猪を運ぶことも容易い。

 

 「なんで?」

 

 ザッコスの質問に、他の二人もこくこくと頷く。

 そりゃそうだ、と、ギルド長は思った。 

 どこからどう見ても死んでいる魔物を、元いた山に返すことに通常意味などない。この世界においては、素材を剥ぎ取って利用するのが当たり前……と、普通の人なら言うだろう。

 が、今回の件については例外なのだ。


 「いいから。報酬も出すぞ」

 「面倒くせえけどやってやらん事もないぞ。ちなみに幾らだ?」

 「いつもどおり五十万ギルかな」


 三人が一斉にブラッドファングに飛びついた。

 互いに押しのけ合いながら、山の方へと進んでいく。


 「おいてめえ何手のひら返してんだよ、これは俺が運ぶんだよ」

 「お前だってさっきまで乗り気じゃなかったろ、こいつも俺に運んでもらうことを願ってるよ」

 「つーかさっきから誰だよ押してんの、痛えんだよ」


 ごちゃごちゃやっている三人を、ギルド長が笑いながら見る。


 「力はあって知能が無い奴ってのはホントにいいな」


 そっち方面の笑いだった。

 しばらく進み、やがて山に差し掛かる。ここまでずっと喧嘩しながらも何だかんだで三人で協力しているのは凄いな、とギルド長は思った。

 山を登りきり、頂上に着いたのを確認して三人は猪をおろした。


 「で、誰が報酬を受け取ることになるんだ?」

 「俺か」

 「いいや俺だね、だってお前名前が取り巻きじゃん」

 「そんなこと言ったらお前だって雑魚じゃないか! ネーミングで争うのは不毛だからやめようぜ、そっちに行くとノクティス確定だろ!」

 「ちゃんとした名前が用意されてることで喜べるのって多分俺だけだと思う。じゃ、そういうことで俺は妹と旅行にでも行くわ」

 「その気になんな!」


 醜い争いを見ながら笑うギルド長は、ふと猪を見て目を細めた。

 そして、三人に向けて呼びかける。


 「おおい、そこから離れたほうがいいぞ」

 「え?」

 「なんでだ?」

 「なんでって、奴が起き……」


 瞬間。

 轟音が周囲に響き渡った。

 三人は吹き飛ばされ、それぞれ別の方向へと飛んでいく。


 「いてえ!」

 「何だ!?」

 「よう、お目覚めか」


 ギルド長だけが笑みを崩さない。

 そして、やがて土煙も晴れ、だんだんと景色が鮮明になっていく中……。


 「お前……」


 巨体が見えた。

 だがそれは、そこに居るはずの無いもの。否、立っているはずのないもの。

 巨大な牙が煌めき、紅色の眼が三人を捉えた。


 「ブラッドファング?」

 

 ノクティスが呟いた。

 そして、ブラッドファングは静かに口を開き……。


 「自分、年収なんぼなん?」




 通常関西弁と呼ばれるような喋り方で、そんなことを言ってきた――。

では。

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