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女神はつらいよ

やあ又会いましたね

 「ここが伝承にあった『聖なる泉』か……」


 そこには泉があった。

 はるか遠い昔から、一度としてその姿を変えること無く只その秘境に佇んでいたその泉。周囲には蝶が舞い、花が咲いている。

 秘境の森の奥地だと云うのに、何故か差し込んでいる光は幻想的な風景を作り出していた。

 画家が見れば思わず筆をとってしまうようなその光景を前に、勇者アサギリはそう呟く。 

 世界に伝わる伝承には、泉に居る女神が勇者に特別な力を授ける……という一節がある。勇者たるアサギリは、これをもとに泉を探し当てたのだった。

 魔王を倒すためには、できる限りの力を持っておく必要がある。……というのは、この世界の常識である。その為に、攻撃値がカンストした武器を持っている人が現れ、消されるのもまたこの世界の常であるが。

 決して攻略サイトを見てストーリーを先取りしている訳ではなく、そういう目的あってのことなのだ。


 「綺麗……こんな景色、初めて見ましたわ……」 

 「……真逆お父様ですら発見していなかった場所があったとは……。アサギリ様にお供していると、新発見が沢山です」


 いつもの如くついてきているミーシャとゼロハチは、各々の感想を述べた。どちらも泉を称賛する意を込めた言葉であるのは、仲があまりよろしくない二人にしては珍しい光景だ。 

 アサギリは少しおかしそうに笑うと、泉に向き直って財布を出した。


 「えっと確か、ここに千ギルを沈めて……」


 アサギリによって千ギルが泉に投げ込まれる。

 ボチャン、という音と共にどんどん銅貨が沈んでいく。そして、しばらくすると泉が淡く光り出した。

 光はだんだん強くなり、三人は目を開けられない程に……!





 『――私を呼んだのは、貴方ですか?』


 声が聴こえた。

 そして、三人が目を開けた時泉には女が居た。

 他のどんな美麗なものでも霞ませるような、純白のキトンがその身体を覆う。腰まで垂らされた長い金髪には、幾つもの種類の色鮮やかな花飾りがついていた。

 そして、その最早神聖さすら感じる完璧な躰は、泉の上に浮遊していた。

 

 「貴女は……」

 「女神、か?」

 「これは……データにありません。明らかに未確認の生命体です」


 三人のそれぞれの反応に、女神は穏やかな笑みを浮かべる。


 『……そうです。私は貴方がたが呼んだ泉の女神。勇者に力を授ける役割を持つ、管理者、と呼ばれる存在です』

 「で、あんたが力をくれるってことでいいんだよな?」

 『……はい。私が貴方を、勇者たる存在であると認めたなら。世界はきっと、貴方に然るべき力を授けることでしょう』


 女神は笑みを崩さずに、アサギリの方へと進む。

 そして、彼の頬に触れた。

 

 「ちょ、ちょっ……」

 『落ち着きなさい。今から、選定の儀を執り行うのです』

 

 頬を包み込む手と頬の接触面に、魔法陣が浮かび上がった。

 幾つもの魔法陣が重なったそれは、輝きながら絶え間なく回り続ける。 

 やがて、光は消えた。

 女神はアサギリを慈しむ様な目で見ると、静かに泉の上へと戻る。


 『世界が貴方を認めました。貴方は勇者に相応しい存在。ステータスを見てご覧なさい、きっと力が宿っている事でしょう』

 「よし。……ステータス」


 アサギリの目の前にパネルが現れる。

 アサギリは軽く画面を操作し、文字を追っていった。


 「よし、特殊スキルは習得出来たみたいだな。ミーシャ、ゼロハチ、行こうか」

 「あの……女神様、ありがとうございました!」

 

 ミーシャはお礼の言葉とともに、勢いよく頭を下げる。

 女神は微笑し、言った。


 『勇者に祝福を。どうかあなた達が、世界を滅ぼさんとする魔王を倒す存在となることを、願っております』








 「はあ……今日の稼ぎ、千ギルか……」

 

 家族四人が住めるほどの大きさの大部屋で、並べられた硬貨を前に女が唸った。

 ここは泉の底。泉はなんか深く見えるけど全然そんなことは無く、底の部分に取っ手のついたドアがある。そこを抜けた先がこの部屋、女神の自室である。

 そして、当然ここに居るのは女神だ。

 硬貨を慎重に袋に詰めていく美しい女神、女神リリアは、手にとった硬貨の一枚を眺めながらため息を吐いた。


 「割のいい仕事ではあるのよね……来た人になんか適当に女神っぽい事言って、ホログラムでそれっぽい魔法陣を浮かべて力がどうたらって言ってやれば、プログラムが働いて勝手に力を与えてくれるんだから。あたしの労働量なんてゼロに等しいし。……それでも……」


 女神は硬貨を持ち、すっくと立ち上がった。

 そして、壁に向けて思い切り投げつける。


 「やってられるかぁあああああああああああああああああああああああああっ!!」


 ステータスが神の領域に達する女神の投擲した硬貨は、部屋全体を振動させた。

 そして、隣室と繋がるドアが開け放たれる。

 二人の魚人が、泡を食ったような顔で叫んだ。


 「「どうした!?」」

 「これだけストレスが溜まるのに一日千ギル!? あり得ないんですけど、本当にあり得ないんですけど! 私女神なのにあのアンドロイド機械の分際で未確認生命体扱いしやがって、何なの!? 特にあの転生者、仮にも力を与えてやったのにお礼もなしってどういうこと!?」

 「ああ……またリリアのヒステリックが……」

 「あんたこの前のあああああとかいう勇者の時も切れてたろ、いい加減にしてくれよ。ただでさえ俺たちはストレスに弱いんだから」


 二人の魚人の言葉を無視し、リリアは更に続ける。


 「あたしだって好きでこの仕事やってる訳じゃないのよ! 天界で勘当されかけてたまたま見つけたこの仕事についただけ、ところが何よ! 女神になったら泉から出られません? ふざけんじゃないわよ!

 買い物もホストクラブも行けないってどういうことよ!」

 「いや、だから買い物や諸々の仕事の為に俺たちが居るんだろが。俺たちを遣わした親父さんに感謝しろよ、ホントに」

 「ホストクラブは!」

 「でもお前みたいなのが行ったらビビられるじゃん」


 でも……と、更にリリアが続けようとしたその瞬間。

 泉が光りだす。

 魚人の一人がそれを見て言った。


 「あ、誰か来たみたいだぞ」

 「解ってるわよ! ……もう、次があんな態度を取るやつだったらとっちめてやる!」


 



――




 『……私を呼んだのは、貴方ですか?』

 「はい、そうです。女神リリアさんでよろしいですよね? 私、天界税関の者でして……」


 そこに居たのは初老の男性だった。

 小綺麗なスーツに身を包んだ、なんともこのファンタジー世界には合わない格好のその男は、浮かぶ私を見上げてそんな事を言ってきた。

 大丈夫。私はプロだ。

 想定外な事態が起きたとしても、マニュアルは全てを知っている。マニュアルどおりにやればどうということはない。

 どんな勇者が来ても動じず、母の如き笑みで迎えるのが女神だ。


 「ご無沙汰しております。今回は、女神リリアさん、貴女の税金滞納の件について……」

 『そうです。私は貴方が呼んだ泉の女神。勇者に力を授ける役割を持つ、管理者、と呼ばれる存在です』

 

 よくわからないことを言ってきたボケが始まっているらしい男に、私はマニュアル通りの言葉を返した。

  

 「……え、ええ。存じ上げております。それでですね、ニヶ月前から貴女からの所得税の振り込みがないという事で……」

 『……成程』

 

 私は笑みを崩さず、余裕ぶってそう答えた。

 ゼイキン? フリコミ? はて、記憶にない。

 私の様な全知全能の女神とて知らない事くらいある。それは仕方のない事だろう。


 「はい。本来であれば貴女が合法的に勇者から徴収している金額のうち二割を、個人所得税として納税して頂かなくてはなりません。なのですが、二ヶ月間税金の支払いが確認できませんでしたのでこうして伺った次第でして……」

 『……』


 私は無言で男に近づく。

 そして、いつものように頬に手を当てた。


 「り、リリアさん?」

 『選別の儀を行います』


 頬に当てた手が光り出す。 

 そして、魔法陣が幾つも浮かび上がった。

 困惑している様子の男に、私は静かに笑みを向ける。

 やがて、光が消えた。


 『……残念ながら世界は、貴方を認めませんでした。こ、今回は縁がなかったということで……』

 「……」

 

 男は無言で私に歩み寄る。

 そして、手に持つ書類を見せてきた。

 顔が青ざめるのを感じる。


 「もしお支払い頂けないのであれば、後日天界警察の者も織り交ぜてお話をしたいと……」

 『ああもう私から自由だけじゃなくお金も奪う気なのくそ払いますごめんなさああああああああああああああああああああああああああああああい!!』



 いろいろな感情が織り混ざったそんな叫びが、天に向かってこだました。

ではごきげにょう

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