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引き立て役はつらいよ

 カランカラン、という小気味良い鈴の音と共に、そのドアは開け放たれた。

 

 「へえ、ここが冒険者ギルドか……」


 丁度いい塩梅の長さに造られた剣を腰に携え、不思議そうな顔で自身が開いたドアの先を見渡す黒髪で整った顔の少年。装備や所作、如何にも初心者、といった感じの彼は、カイト・アサギリ。「ニホン」と呼ばれる、別の世界の国から転生してきた特異な存在である。

 彼と行動を共にしている人間は二人。その一人が、鼻をつまみながら露骨に嫌悪感を出して言った。

 

 「真逆わたくしがこんな野蛮な所に来ることになるなんて……」


 彼女はミーシャ・マリアベル。

 魔力の質、量共に生まれながらの非凡な才を持ち、「神童」という通り名を持つ。それでいて伯爵家の長女として英才教育を受けて育てられた彼女は、気品と実力、そして美貌を兼ね揃えた、最早完璧とも言える存在だった。


 「野蛮なのは貴女です。無駄に大きな乳だけ垂らした猿は口を開かないで頂けますか」


 そんなミーシャに、表情を変えずに隣のメイド服少女が言った。

 彼女の名前はゼロハチ。嘗てある研究者によって造られた美少女型高性能アンドロイド、この世界でも希少なアーティファクトの一つである。

 その機能は細やかな家事から戦闘まで、多岐にわたる。戦闘に関しては「プログラム」されている武具ならば全て達人級に扱うことが可能であり、彼女一人で一人の人間を遥かに超えるような事ができるのだ。

 そんなゼロハチのその発言に、ミーシャは静かに彼女の方を向いた。笑みを湛えながらも目は笑っていない。双方、アサギリの後ろで向かい合う形に。

 

 「おやおや、このわたくしにそんな口を利くなんて……頭にワラクズでも詰まっているのですか? メイドの分際で、全く嘆かわしい事です」

 「私の頭脳は超精密な機械構造、貴女の一ミリ以下の脳みそよりずっと価値があって有用です。寧ろこんな機械にすら劣る貴女をパーティに留まらせてくださっているアサギリ様に、土下座でもして深く感謝した方が良いのでは?」

 「何ですって!?」

 「なにか問題が?」


 にらみ合う二人。みるみる二人の周囲の空気が悪くなっていくような錯覚を起こす。

 そんな彼女達に、アサギリが苦笑しながら声を掛けた。


 「まあまあ、落ち着いて。俺の中じゃふたりとも、大切な仲間なんだからさ」

 「はうっ!?」

 「そ……そう、ですね。申し訳ございません、アサギリ様」

 

 アサギリの鶴の一声に、ミーシャは顔を真っ赤に染めて目を逸し、ゼロハチは少し動揺したような様子を見せながら頷いた。

 アサギリは笑顔で頷き、ギルド内へ再び視線を向ける。動かされる彼の視線は、一箇所で止まった。


 「あそこが受付みたいだ。取り敢えず、冒険者登録をしようか。そしたら簡単なクエストを請けて、そのあと早速新しいパーティの連携を試そう。昨日買った剣も試したいし。それでいいよね、ミーシャ、ゼロハチ?」

 「もちろんですわ」

 「異論はありません、アサギリ様」


 その言葉に、アサギリは受付に向けて歩き始めた。他の二人もそれに従う。

 

 ……と、其処に。


 

 「おい兄ちゃん」


 一人の男が声を掛けた。

 屈強で巨大な体躯、そして傷だらけの装備。背中に背負った戦斧は銀色に輝いている。見ただけで歴戦の冒険者だと言うことが分かるほど、その風貌は威圧感を放っていた。

 後ろのテーブルで食事を摂っている冒険者達は、ニヤニヤと彼とアサギリの方を見ている。

 アサギリが静かに返事をした。


 「何でしょうか」

 「えれえ別嬪さん連れてんじゃねえかよ、おお?」


 そこに、新たに立ち上がった二人の冒険者が絡む。

 

 「てめえ、新顔だな? 冒険者ギルドにハーレム状態で入ってくるたあ、なめてるとしか思えねえなあ」

 「命のやり取りって奴をする場所なんだよ、ここは。オコチャマはさっさと帰りやがれ」


 そんな彼らの言葉に、アサギリは後ろの二人を見やると。

 

 「……はあ。面倒くさいなあ」


 ため息を吐き、そう言った。

 戦斧の男はその発言にピクリと眉を動かすが、すぐに笑みを浮かべる。

 そしてずかずかと歩き、ミーシャの前で止まった。


 「な、なんですの?」

 「おいねえちゃん、こんな冴えないヒョロガリとなんか居ないで、俺らと酒呑まねえか?」

 「じゃあ俺はこっちの彼女ー!」

 「俺も俺も!」


 取り巻きの二人はゼロハチの方へ行き、口説き始めた。

 上から睨まれているミーシャは不安げな表情でアサギリの方を見やり、ゼロハチはゴミを見る目で立ちふさがる取り巻きを見ている。

 周囲で見ている冒険者達は、止める様子もなく、面白がって囃し立てたり賭けを始めたりしていた。

 

 「なあ、何とか言ったらどうなんだよ」

 「キャッ!?」

 「こいつとなんかより、俺の方がよっぽど……」

 「い、いやっ……」


 戦斧の男がミーシャの手を掴む。

 ミーシャが声を上げた、その瞬間。


 「おい、てめえ」


 戦斧の男の身体が宙を舞った。

 他の冒険者も、取り巻き達も、そしてミーシャやゼロハチですら気づけないほどの速度で。

 そして、勢いのままに地面に背中から叩きつけられる。


 「ぐあっ!?」


 アサギリは、無表情で言った。


 「いい加減にしろよ」


 冒険者達があんぐりと口を開ける。

 目の前の細身の少年が、どう考えても出せるはずのない速度で男の巨躯を投げ飛ばしたのだ。あり得ない光景に、誰一人声を出せなかった。

 

 「カイト……!」

 「て、てめえ! やりやがったな!」 

 「何やったのか知らんが、二人がかりなら余裕だ、やっちまえ!」


 取り巻き二人がアサギリに飛びかかる。

 

 (うわ、おっそ)


 アサギリは一人目の攻撃を躱し、そのまま手首を掴んで投げ飛ばした。 

 そして、目にも留まらぬ速度で二人目の取り巻きの背後に移動、首筋に軽く手刀を叩き込む。取り巻きは声を上げることもなく倒れ込んだ。

 いよいよ冒険者が騒ぎ始める。

 と、そこにドアが開く音が聴こえた。たったそれだけで、場は再び静まり返る。

 受付の裏側、そのドアから出てきたのは長い口髭を生やした老人。


 「何事だ。何か大きな音がしたようだが……」

 「は、ノクティス・ガルヴァ、トリ・マッキー、モブモブ・ザッコスの三人があそこにいる少年に喧嘩を売り、敗北しました。今は三人とも、気絶しています」


 一人の冒険者の報告に、老人はアサギリを見る。そして、倒れ込んだ男たちを一瞥した。

 老人はアサギリのもとまで歩み寄り、頭を下げた。


 「状況を見るに、こちらに非があるようだ。うちのが迷惑を掛けてしまい、済まなかった」

 「いえ、いいんです。大事な仲間も無事でしたし」


 アサギリは柔和な笑みを浮かべ、頭を下げる老人にそう言った。

 彼は仲間を大切にするタイプなので、些細な事はどうでもいいのである。後ろでアサギリの背中を見つめる二人は、ほんのり顔を紅くした。

 老人は頭を上げ、再度倒れた男たちを見る。そして、神妙な面持ちで言った。

 

 「しかし、ザッコスとマッキーはBランク、ノクティスはAランクの冒険者なのだが……本当に君がこれを一人で?」

 「駄目、でしたかね。流石にちょっとやりすぎたかも……」


 老人は少し考えると、懐からカードを取り出し、何やら魔法を掛けた。

 そして、アサギリにそれを手渡す。


 「この三人を一撃もくらわず倒すということは、君には相応の実力があるのだろう。ここに来たということは、冒険者になりたいんだろう?」

 「はい、俺の冒険者登録をしようと思っていて」

 「それは冒険者カード。君の実力に合わせ、ランクはAにしてある」


 アサギリが見つめる冒険者カードには、大きく「A」と記載されている。

 アサギリは冒険者カードを懐にしまい、振り向いて言った。

 

 「帰ろうか。俺達の家に」

 

 二人が笑顔で頷くと、アサギリは出口に向かって歩き始める。

 そして、ドアを開けてギルドを出ていった。



 


 


 「……」

 「……おい、いつまで寝ている気だ」


 再び活気を取り戻したギルド内。

 老人……ギルド長の声に、ノクティスの身体がピクッと動いた。


 「次の仕事も近いぞ」

 「……なあ、おやっさん」


 ノクティスは顔も身体も上げること無く、蚊の鳴くような声で言った。


 「俺、この仕事辞めたい」

 「無理だよ」


 即答するギルド長に、ノクティスが飛び起きる。

 その目には美しい涙が浮かんでいた。


 「来る日も来る日も引き立て役! 何度もあいつら転生者に投げ飛ばされたり魔法で燃やされたり、挙げ句目の前でイチャイチャされるし、何なんだよこの仕事! この仕事のためだけに髪までバリカンにしたってのに、今の手取り月十万ギルだぞ、労力に見合ってないだろ!」

 「そうは言ってもなあ……給料に関しては、俺が決めてるわけじゃないし……」

 

 そう。

 彼らは、「荒くれ者」という職業。国に雇われた存在なのである。

 荒くれ者にはマニュアルが存在し、そのとおりに転生者に絡めれば絡めただけ点数が上がる。給料もアップ、というわけである。


 「それに、お前らが結果を出せないのが悪いんだぞ。隣国のギルドでは、女の子の胸触って三十万ギルに上がった荒くれ者がいるらしい」

 「俺らにそんな度胸があると思ってんのかよぉ!」

 「そうだよ! それに、俺なんて名前が取り巻きだぞ、おかしいだろ!」

 「モブモブってなんだよ、考えたやつ出てこいや!」


 暴言がヒートアップしていく三人に、ギルド長は苦笑しながら言った。

 

 「この世界は、『ぶいあーるえむえむおー』の世界。プレイヤーを引き立てるのが、俺達脇役の仕事だ。まあ、一緒に頑張ろうぜ」


 そう言って肩をポンポンと叩くギルド長。

 ノクティスは無言で彼を見つめる。


 「……何だよ」

 「おやっさん、月収幾ら?」

 「五十万ギル」


 

 ノクティスの拳がギルド長を吹き飛ばした。


 「何だよちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 「ゲホッ、今のでHPが半分は減ったぞ! 回復は高いのに、どうしてくれんだこの野郎!」

 「知らねえよ裏切り者! あんただけは俺達ヒラの味方だと思ってたのに!」

 「そもそもお前らなんて序盤でやられてから一度も出てこねえじゃん! ストーリー上の重要度が違うんだ、待遇も違って当然だろ」

 「そんな正論は聞きたくねえ!」

 

 暴れまわるノクティスとザッコスとマッキーを、ギルドのNPC仲間たちが笑いながら見守る。

 こんな事も、今では日常となってしまっているのだ。NPCが待遇の改善を要求する時代が、到来しているのである。

 

 「あああああああああああああああああああああああ転職してえええええええええええええええええええええっ!!」





 これは、世界を混沌へと導く魔王を撃破せんとする、神に選ばれし正義の勇者……。




 ……では無く、そんな彼らを引き立てるためにいる、脇役たちの物語である。

 

 

 


 

 

 


 

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