22 意志無き刃
ウチに案内され、俺がやってきたのは迷宮都市の地下に伸びる下水道だった。
何度か入ったことがあるが、水を町全体に供給するという都合上、迷路のように入り組んでいて、一度迷子になればもう出られないなんて言われるほどだ。もちろん、地上に出るだけなら近くの適当な出口から出ればいいんだけど。
ただ、ウチが案内する先は、既に破棄されたという区画だった。
この先にサンドラがいる……偶然迷い込んだというには、あまりに出来すぎだ。
誰か案内人がいる、というのが妥当か。
そして、ここ最近のサンドラの不調……というか思い切りの無い態度の原因もそいつだと考えるのが、これまた妥当だろう。
「面倒くさいことになってなきゃいいんだけど……」
『もうすぐ、デス』
「サンキュ、ウチ」
なんにせよ、あんな手紙一枚で手切れにさせるわけにはいかない。
サンドラは仲間……家族だ。何か事情があるのなら――!
「サンドラっ!!」
廃棄区画を進んだ先で、見慣れたサンドラの背中が見えた。
思わず彼女の名を叫ぶ……けれど、反応は無い。
代わりに――
「あら?」
その向こう、ゴシックロリータを身に纏った、奇妙な女が立っていた。
「あら、あら、あらぁ?」
妙に粘っこく、甘ったるい喋り方。
ダンジョンの中なら、いや、この場にあっても酷く場違いで、耳障りな声だ。
「貴方、もしかしてノインのお仲間さん?」
「ノイン……サンドラのことか?」
サンドラは動かない。
ゴスロリ女の方を向いたまま、まるで人形のように固まっている。
あの置き手紙を残し、後ろめたさがあるはずだ。
サンドラは図太いが、その反面幼く、仲間を大事にしてきた子だ。
俺が追ってきたとなれば、動揺せずにはいられないはず。少なくとも、肩のひとつでも震わせる程度の反応は見せると思うけれど……今はピクリとも動いていない。
ただ、あれがサンドラを模した等身大人形であるわけもない。
間違いなく、サンドラだ。
(と、なると……こいつが何かしたのか)
「どうしましたの、そんなに怖い顔されて。まさか、ノインを追ってきたのかしら。この子はパーティーを抜けると、しっかり宣言をしてきた筈なのだけど」
「やっぱり、お前が糸を引いてたのか。どこの誰だか知らないが……」
「どこの誰だか知らないのに、随分と不躾な目で睨んできますのねぇ」
見たところ、サンドラと同じくらいの年齢。
しかし、俺のことなど路傍の石くらいにしか見えていないのか、随分と余裕を見せている。
(妙な感じだな……)
サンドラが全く動かないのも気になる。
ここは、慎重にいくべきか。
「お前、サンドラをどうするつもりだ」
「どうするもなにも、ノインは元々わたくし達の同胞ですのよ。彼女は自分の意志で、わたくしについてきていますの。でしょう、ノイン」
「…………」
サンドラはここで初めて反応を見せた。
ゆっくりとこちらを振り返る……が、その目に生気は宿っていなかった。
「サンドラ……!?」
「さあ、見せてあげなさい。貴女の意志を」
少女の声に応え、サンドラが一歩前に出て……担いでいた大剣を抜く。
新調前の、これまで使ってきた使い古した大剣だが……しかし、その刃は対魔物用に研がれている。
おいそれと、人に向けて良いものじゃないことは、サンドラ自身が一番理解している筈だ。
それを、この状況で、俺に向けてくるってことは……!
「…………ッ!!」
サンドラは言葉を発しないまま、地面を蹴った。
向かうは……俺だ。
「ぐっ!?」
動揺しつつ、咄嗟に後ろに下がり、躱す。
地面に叩きつけられた大剣が、石造りの床を削り、その破片が俺の頬を切った。
サンドラは本気だ。
武器の合わせで立ち会った時とはまるで違う、魔物を叩き潰す時のような破壊力。
それが今、俺に向けられている!
「さぁ、やりなさい、ノイン。その男を断ち切れば……いよいよ、くだらない情も消え果てるでしょう」
ゴスロリ女が、まるで歌劇場の役者のように、優雅に歌い上げる。
けれど、おかげで状況は大体理解した。
レイン達を連れてくるべきだったかと悩んだが……連れてこなくて正解だったらしい。
つまりは、そう。
このゴスロリ女が全ての糸を引いていて、この女をなんとかすれば全て解決ってことだ。
それなら、あいつらの手を患わせる必要も無い。
これはまさに、俺向きの仕事だろう。
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