08 トラブル
――あ、あの、スフレくんとシャルちゃん……ここに来てませんか……?
そんな少年少女の質問に俺達は思わず顔を見合わせる。
そもそも、「スフレくんとシャルちゃんって誰?」という疑問から始まるのだが、ただ何故か実体のない嫌な予感が脳裏をよぎっていた。
「それは友達の名前かい?」
「は、はい。その、一緒にかくれんぼしてて」
「かくれんぼ……」
思わずサニィと目を合わす。彼女も同時に俺を見て、表情を固くしつつ頷いた。
「それでここに立ち寄ってないかって思ったのか。少し詳しく話を聞いてもいいか?」
「え? あ、はい……」
少年たちはどぎまぎしつつもこちらに寄ってくる。
かくれんぼくらい俺も知っている。鬼を1人決めて、他の参加者が時間内に隠れる。そして鬼がその参加者たちを探し出すという子供の遊びだ。
実際彼らの中に鬼に割り当てられた子がいて、その子が今ここにいる他の子は見つけたらしいのだが――
「その、スフレくんとシャルちゃんだけどうしても見つからなくて。30分見つからなかったら隠れた子が勝ちってルールなのに出てもこないし」
「それで何かあったんじゃないかと、みんなで探していたんだな」
「はい……でも、どこにもいなくて、もしかしたらどこかお店の中にいるのかなってここに」
ベルハウスは鍛冶屋兼武器屋だ。そのどちらに対しても彼らのような子供が立ち寄る理由はあまりない。
実際、ベルもそのスフレ、シャルという子は来ていないと答えた。
「隠れられる範囲とかは決めてたのか? さすがに町全体じゃあ30分以内に探す方が難しいだろ?」
俺は【ポケット】からこの町の地図を取り出し、広げる。
「ええと……この辺りから、この辺りまで……だよな?」
「うん」
「そこから出ちゃったら反則なの。スフレくんは負けず嫌いだから、ルールは破らないと思う」
「ここから、ここ……」
少年たちが言った範囲を囲むように丸を付ける。
すると、一緒に見ていたサニィが肩を叩き、耳元で囁いてきた。
「モノグ君、ここ……」
「ああ、入ってるな」
流石に少年たちの前で言うのはマズいと思ったのか、サニィが視線だけで場所を教えてくる。当然、俺もそれには気が付いていた。
こうして子供たちの話を精力的に聞いているのも、“それ”が可能性として有るのか無いのか確認したかったからだ。
「サニィ、ちょっと彼らに話を聞いてもらっててもいいか」
「え、ええ」
「ベル、ちょっと来てくれ」
「ん? はいっす」
ベルを連れて一旦店の外に出る。
彼女はあまり状況が分かっていないらしく、不思議そうに首を傾げていた。
「どうしたんっすか、モノグ氏。怖い顔して……ま、まさか誘拐とかっすか!?」
「その可能性はゼロじゃないけれど、今考えているのはそれとは別の可能性だ。彼らの探している友達は、ダンジョンに入り込んでいるかもしれない」
「だ、ダンジョンに!?」
地図の範囲内にはダンジョンの入口がある広場も入っていた。かくれんぼで隠れるにはある意味最適とも思えるかもしれない場所だ。
「モノグ氏、それは考えすぎでは? この時間、ダンジョン前の広場は冒険者だったり、それ狙いの出店などでそこそこ賑わってるっすよ。それに入口には警備も立ってますし、子供がダンジョンに入り込むことなんてとても――」
「不可能じゃない。賑わってるなんて言ってもあいつらは注意深く周囲を観察しているわけじゃないからな。子供1人――いや、2人か、紛れ込んでても気にしないだろう。実際、自分の子供を近くまで連れてくる冒険者もいるし、余計な口出しをして面倒ごとになっても何の得もないからな」
「きっと誰かが見ているだろうって思いこんでしまうということっすか」
「ああ。それにダンジョン前の警備も……正直ザルだ。ちょっと気を引いて中に入り込むとか、少し頭が回ればできてしまうかもしれない」
この町にも警察組織である騎士団は存在している。
ペイズリーを始めとする、ダンジョンの周囲に作られた通称:迷宮都市はその大体が自治州だ。国家による独占、その資源を巡っての戦争の火種にならないようにという名目であり、騎士団も各迷宮都市内で発足したものが幅を利かせている。
その規模や練度は大規模で軍隊的な騎士団を有する各国のものとは異なり、少数で拙い。その役割の多くは彼らと直接の契約をした冒険者パーティー、またはギルドが請け負うことも多いため、精々見張り、見回りくらいでしか機能していないというのが現状だ。
ダンジョンの監視も彼らの役目ではあるが、あくまで形式上のものでしかないというのは、冒険者の中ではちょっとした笑い話にもなっているくらいだ。
「で、でもっすよ? ダンジョンに入るには、ええと確か、ワープポイントってのを使わないといけないんすよね?」
「いや、第1層には階段で降りられる。ワープポイントは一度到達し登録したポイントにしか飛べないからな。どの冒険者も最初は階段から行くんだよ。当然、見張りの目を掻い潜れば子供にも行けてしまう」
「そ、そんな……ま、魔物の巣食うダンジョンに子供が迷い込んだなんて……それヤバくないっすか!?」
「ああ、ヤバい。この町じゃまだ前例はないが、他の迷宮都市じゃ同じようなケースで……遺体で発見されたなんてこともあったらしい」
「遺体でって……!?」
さあっとベルが顔を青くする。
第1層といえど、そこに巣食う魔物は本物だ。駆け出しの冒険者であれば十分に対処は可能。しかし、たとえ駆け出しであっても冒険者と一般人では決定的な“違い”がある。
それは俺が言えたことじゃないけれど……。
「とにかく、最悪の場合もあるしな……俺とサニィはこれからダンジョンに行く。できれば、お前には子供たちの傍についていてやってほしい」
「2人でっすか!? 他の冒険者にも助けを求めた方がいいんじゃ……」
「いや、いちいち説明をしても余計な時間を取られるしな。大事にもしたくない。騒ぎになればそれだけ身動きが取りづらくなる。なぁに、俺はこう見えてそれなりな支援術師だ。遭難した他の人間を見つけるための支援魔術だって知ってる」
心配するような視線を送ってくるベルの頭を撫でつける。
「モノグ氏……」
「冒険者だらけの町でおいそれと犯罪を犯す輩なんて現れないと思うけれど……万が一、狙われることがあれば、誰でもいい。ちゃんと助けを求めろよ」
言いたいことは全て言った。
俺はサニィと合流するために再びベルハウスのドアに手をかけた――瞬間、
「……? ベル?」
背中に衝撃が走った。殆ど突進に近い勢いでぶつかってきたそれは、ベルに他ならない。
俺は僅かに身体をグラつかせつつもなんとか背中で受け止める。ベルも本気で俺を突き飛ばそうとしたわけではなく、彼女の腕はそのまま俺の腰に回される。
「……あっしは武器屋っす」
「ん、あ、ああ。分かってるよ」
「モノグ氏はこれからダンジョンに行くんすよね……その手に何も持たず、防具に着替える暇さえ無く」
俺が今着ている服は当然、ダンジョンに潜るための装備――防具と呼ばれる魔物の攻撃から命を守るためのものではない。
平和な町中で、凶刃に襲われることなどとても考慮していない、動きやすさや快適さを優先した普段着だ。防具を纏えば問題無く防げる攻撃さえも、ハサミを紙に通すようにあっさりと通してしまうだろう。
もちろん、それはサニィも同じだが。
「武器も持たず、防具もつけず……そんな冒険者を見送ることほど、屈辱的なことなんかないっすよ……!」
「防具はともかく、武器は……俺はアタッカーじゃないからな」
「……スリングショット、持っていくっす。もしかしたら何かの役に立つかもしれないっす」
「ベル……」
怒りを堪えるように、ベルは声を絞り出した。
彼女は俺のスタイルを知っている。魔術を行使するのに、手に何も持たないことを。
それでもスリングショットを勧めてきたのは伊達や酔狂、ましてや自分の利益を優先してのものではなかったのだろう。
「あっしにできるのはこれくらいっす……モノグ氏はあっしが知ってる中でも一番のサポーターっす。そのモノグ氏をスリングショットが助けることができれば、きっと他のサポーターのみなさんの助けになってくれるはずっすから」
「……分かった。ありがたく借りてくよ」
しっかりと応えると、ベルの手が緩む。
しかし、1時間か……正直どちらに転んでもおかしくない時間だ。
できるだけ嫌な予感を排除するよう努めつつ、再びドアに手をかけると、今度は店の中から押し開けられた。
「モノグ君」
「サニィ、話の方は?」
「うん、大丈夫。向かいながら話すわ」
「了解……【アトラクト】」
俺は支援魔術【アトラクト】を発動し、カウンターの上に置いてあったスリングショットをこちらへと引き寄せる。
引き寄せるといっても、見えない手が伸びて掴んでくれるわけではなく、対象に軽い衝撃を与え、弾き飛ばすという原理だけれど、スリングショットくらい軽いものであれば十分だ。
「ベル、ありがとうな」
「……無事に帰ってくるっすよ!」
しっかりとスリングショットを受け取ったのを見せつつ、笑いかける。
ベルは少し表情を固くしたままだったが、しっかりと頷き返してくれた。
「行こう、サニィ」
「ええ」
そして俺達は走り出す。
真っ直ぐ、ダンジョンの第1層を目指すために。
隣を走るサニィの手にはしっかりと、彼女の愛用する弓が握り込まれていた。





