10 魔術師二人
「ッ!!」
縦斬り、そう分かった瞬間に身体を捻り、間一髪のところで大剣を回避する。
が、当然それで終わりではない。
甲冑は地面に突き刺さった大剣を難なく引き抜き、再び振るおうとする。
当然、ボーっと見ていてやる義理はないので少しでも距離を取る為走るが、やはり甲冑は俺だけを狙っていた。
「【アイス・ショット】! くぅ……こっち向きなさいよッ!?」
スノウがガンガン氷の礫を当てているにも関わらず、甲冑がそちらを向く気配は無い。
「く……スノウ! 一旦、【エンゲージ】を解除する!」
「っ! 分かった!」
【エンゲージ】のような支援魔術の殆どは自分自身には付与できない。何とも不便な話だが、それが支援魔術の根源的なルールであり、当然、【エンゲージ】による能力上昇効果は俺には一切無い。
むしろ、現在俺ばかりが狙われる状況においては【エンゲージ】の発動は邪魔になってしまう。
コイツが俺をつけ狙うのであれば、一旦リソースを回収し、回避に専念を――
「え……!?」
つい呆けた声を漏らしてしまった。
【エンゲージ】を解除した瞬間、目の前の甲冑の動きが一瞬止まり、そして――スノウの方を振り返ったからだ。
「スノウッ!!」
彼女の名を叫ぶ。その瞬間にはもう甲冑はスノウに向かって走り出していた。
スノウは一瞬驚きつつも、すぐに気持ちを切り替え、回避行動に移った。この辺りの順応力はさすがアタッカーだ。
甲冑は踏み込みの力こそ凄まじいものの、大剣を振るうスピードはそれほどでもない。十分余裕を持って受けたスノウは問題無く回避しつつ、ワンドを振るう。
「【アイス・スピア】!」
振るわれたワンドの作り出す軌跡から鋭利な氷の槍が生え、甲冑へと突き刺さる。
氷の槍は貫通せず、ぶつかった衝撃で粉々に砕け散りはしたが、支援魔術【アナライズ】によって俺の目に映し出された甲冑のHPはじわっとだが減っていた。
【アナライズ】は支援術師本人にしか作用しない原則から外れた例外的な支援魔術。【アナライズ】は発現する効果が異なるが、このHPを見分ける能力であれば僅かなダメージでも見逃したりはしない。
「スノウ、効いてるぞ!」
俺の声にスノウは自信をもって頷く。
甲冑の注意が完全に彼女に移った今、再度彼女の能力の底上げを図るべきだ。
「【エンゲージ】ッ!」
再度、支援魔術の陣を張る。これで火力アップによるダメージ強化と、俊敏性の向上による回避の余裕が――
「モノグッ!!」
先程の俺のようにスノウが叫ぶ。
俺にも見えていた。スノウと対峙していた甲冑がまたもや身を翻し、俺へ標的を変えたのを。
「な……」
驚いたのは、標的を切り替えたタイミングだ。甲冑が俺の方を向いたのは【エンゲージ】を発動させた瞬間だった。
(魔力を探知している……? いや、支援魔術を厄介と見て、こちらを先に潰そうって魂胆か?)
その判断力の速さはまるで人間を相手にしているような感覚だ。それもとびきり勘の良い相手を。
少なくとも魔物は一様に本能的な生物だ。敵の状況を分析し、適切にターゲットを切り替えるといったような知性があるとは聞いたことが無い。
もしもそんなやつが――後衛を狙い撃つような魔物が現れたとしたら、それこそ戦闘力のない後方職は余計に足手まといという認識を持たれるようになるだろう。
「……っ! 【シールド】っ!」
薙ぎ払うように大剣を振るう甲冑に対し、俺は防御型の支援魔術【シールド】を展開する。
これは空中に魔力でできた盾を作り出す支援魔術だ。丁度大剣の軌道に、正面ではなく、傾斜を掛けて配置する。
大剣は【シールド】とぶつかり、そして傾斜を掛けた方向へと流れていった。即ち俺の頭の上へと。
正面からぶつかればただ【シールド】が破壊され、そのまま俺も真っ二つにされて終わりだが、上手く扱えば受け流すこともできる。
ここ最近、レイン達に守られるばかりで勘が鈍っているかもとは思っていたが、師匠から教えられたことは頭の中だけじゃなく、しっかり身体に染みついていたみたいだ。
「モノグ……! こんのぉ、デカブツ! アタシを無視してんじゃないわよっ!!」
安堵の息を吐きつつも、強い怒りと共に氷の礫を撃ち放つスノウ。
その礫は無防備な甲冑の背中にあっさりと命中した――が、甲冑は一切意に返すことなく、俺の方を見据えている。
いや、それだけじゃない。
先ほど、スノウと対峙している時には減っていたHPが今は殆ど減少していない。
スノウの感情と【エンゲージ】による支援が入っているにも関わらずだ。それこそ普段なら2倍、3倍の数値が出る筈なのに。
(もしかして……)
相変わらずスノウの攻撃を無視し、大剣を振るってくる甲冑の攻撃をなんとか躱しつつ頭を回す。
その巨体と武器に似合い鈍重で助かった。十分俺でも躱すことはできる。そして――
「フンッ!!!!」
身体を回し、思いきり体重を乗せた後ろ回し蹴りをそのデカっ腹に叩き込んだ。
「モノグッ!?」
まさかの俺からの攻撃行動に驚いたのはスノウだった。
これまで、それこそサポーターとして彼女らと一緒にいる中で俺が魔物を攻撃することなど殆ど無かったからな……ていうか、そんなことより――
(痛ぇ……!)
甲冑はあまりに固く、俺の蹴りは弾かれるどころか、そっくりそのまま反動を返してきた。
強い痛みと痺れを感じつつ、再び俺を切り伏せようと振るわれる大剣を地面に身を投げつつなんとか躱した。
たとえ鈍重といっても、いや、鈍重だからこそ振り下ろされる大剣の圧は凄まじく、当たれば一発で命を磨り潰されることは火を見るよりも明らかだ。
改めて、敵の攻撃を受け、躱しながらも、隙を見つけて攻撃を繰り出すアタッカーの皆様方には頭が下がるな……。
「何やってんのよ、モノグ!?」
そんなアタッカーであるスノウが俺と甲冑の間に躍り出た。
「【ダイヤモンド・ストーム】ッ!!!」
そして、俺が甲冑とじゃれている間に溜めていたであろう魔術を一気に放出させた。
それは凄まじい冷気を纏った嵐を自分を中心に巻き起こす攻撃魔術であり、自分を中心にということは甲冑だけでなく、当然――
「どわぁっ!?」
彼女の後ろに位置した俺もまた、嵐を食らい吹っ飛ばされてしまった。
まさかの味方からの攻撃――フレンドリーファイアというやつだ。メチャクチャ寒い。そして痛い。
「アンタは下がってなさい! 戦えないんだからっ!」
どうやら甲冑を攻撃すると同時に、俺を逃がす目的があったらしい。それにしては随分と手荒じゃないだろうかと文句を言いたくなるが、こんな状況では明らかにスノウの判断の方が正しいだろう。俺がいても邪魔だし。
いや、呑気に卑屈になっている場合じゃない。
先ほど俺がわざわざ危険を冒してヘナチョコキックを繰り出した結果、そして今回スノウが割って入ってきた結果から、仮説はより強固に、確信に近づいていく。
俺の蹴りは、本来魔物に対して殺傷力を持たない貧弱なものだ。なんたって、“アタッカーとしての素質が皆無”なのだから。
しかし、俺の蹴りを受けたあの甲冑のHPは僅かながらに減っていた。信じられないことだが、先ほどスノウが背中にぶつけていた氷の礫よりも減少量は大きい。
そして俺と甲冑の間に割って入ったスノウの【ダイヤモンド・ストーム】。あれは俺の蹴りなんて遥かに凌駕するダメージを叩きだした。
もちろん、スノウは純正のアタッカー。ダメージを出せるのは当然だが、先の氷の礫だって形だけのものじゃなかった。それなのに俺の蹴りより効かなかった理由は何か。
魔術、氷に対する耐性ではない。物理ダメージに弱い……という線もあるにはあるが、同じスノウの魔法同士の間で差異が生じているのだから、そこを加味する必要は無いだろう。
そもそもの前提として、スノウは魔術全振りアタッカー。俺は物理だろうが魔術だろうがアタッカーとしてはスタートラインにも立てていない。そんな2人に物理で攻めろなんて言われたらもう絶望するしかない。絶望するしかない可能性なんて考えるだけ時間の無駄だ。
一つ、氷の礫が効かなかった状況と、【ダイヤモンド・ストーム】が効いた状況――その違いは甲冑のターゲットだ。
スノウの攻撃が効かなかったとき、甲冑は俺をターゲットにしていた。そして、俺の蹴りのダメージが通ったのもまた、俺をターゲットにしている時。
対し、スノウの攻撃が効いたタイミングは、最初にダメージが通るのを確認した際、そして【ダイヤモンド・ストーム】を使用した際――“どちらもスノウがターゲットだった時”だった。
そう、甲冑のターゲットは今、俺ではなく、再びスノウに向いている。【エンゲージ】が付与された状態のスノウにだ。
強い、弱い、厄介、そうでない――そういった価値基準を持っているわけじゃない。もっと単純なシステムを以って、あの甲冑はターゲットを選定していたんだ。
「スノウ! 今なら攻撃が通る筈だ!」
俺の言葉に、スノウは頷きつつ、ワンドを振るう。
【アイス・スピア】――最初にくれてやった一撃だ。攻撃の隙間を縫う、流れるような美しい動作で放たれたそれは、まるで意思を持った生き物のように甲冑の懐へと吸い込まれていく。しかし――
「……っ!」
思わず息を呑んだ。ダメージが殆ど通っていない。
スノウも手応えから――いや、俺の反応を見て察したらしい、焦ったように表情を歪める。
「なんだ、何を見落とした……?」
甲冑のターゲット選定方法、そしてダメージを入れる方法は明らかになった――筈だった。それなのに足りていない。間違っているとは思えない。何か見落としているんだ。さっきまで知らない内に踏み越えていた何かを……
――魔術師達よ。貴君らに試練を与える。其の絆を我に示せ。
最初、この部屋のボス部屋に入った時に聞いた言葉が頭を過る。
そうだ、あの言葉を無視していた。今まで無かったヒントだ。これは試練であると。
神は乗り越えられる試練しか与えない、という。この隠し部屋を作ったのがダンジョンを作った古代人であるなら、それが試練というこの部屋もまた、乗り越えられるように作られている筈だ。
「魔術師達……絆……そうか、絆……」
俺達が示すべきは力じゃない、絆だ。
どちらか片方では成立しない、2人がいてこそ成り立つ連携。それがあの甲冑を倒すための答えなんだ。
「スノウッ!!」
今もなお、甲冑に狙われたままのスノウに向かって叫ぶ。
それと同時に、新たに支援魔術【マインドアップ】を使う。それもありったけを込めて。
「ッ!?」
それに気が付いたスノウが目を見開いた。彼女も今のままでは攻撃が通らないと察しがついていたのだろう。その状態で何故、自分に支援魔術を使うのかと。
特に【マインドアップ】は付与した相手の魔術効果を向上させる支援魔術だ。スノウの場合、魔術の威力向上に繋がる。
しかし単なる底上げは無意味だ。この敵はパズルのようなもの。しっかりと条件を整え、最適なタイミングで最高の攻撃を叩きこむ――それが肝要なんだ。
「溜めろ、スノウ! コイツをぶっ倒せるだけの一撃を!」
長く説明している余裕は無い。
既に“甲冑は俺の方を向いている”。
「モノグッ!?」
スノウはすぐに頷きはしなかった。どういう作戦なのか、どうやってこの甲冑を倒すのか……そこに疑問を抱いているわけでは無いだろう。
当然引っ掛かるのはその前、彼女が強力な魔術を放つ為の溜め時間……それをどう埋めるかだ。
俺は、こちらに向かってくる甲冑越しにスノウに笑いかけた。僅か一瞬だが、それで意図は伝わっただろう。一瞬スノウが驚きに目を見開くのが見えた。
すぐに、甲冑の巨体で隠されてしまったが。
「さぁ、来いよ、デカブツ」
俺は口の端が引きつるのを感じながら、あえて挑発的に笑ってみせる。
コイツはそういう挑発に心を動かす敵じゃない。コイツにはきっと心など無いだろう。
それでも余裕は緊張を解してくれる。固まった肩の力を緩めてくれる。
だから、笑え。
俺はサポーター。アタッカーを活かすために生きている。
その役目を果たすだけだ。後ろに隠れていようが、前に出ようが、成すべきことは最初から変わらない。
「さぁ、存分に時間稼ぎさせてもらうぜ……!」
甲冑は応えない。ただ静かに、俺を磨り潰そうと剣を構えるだけ。
深く息を吐く。そしてスノウのことさえも意識から外し、甲冑だけを見据える。
最後に見たスノウは不安げな表情を浮かべていた。
俺が心配だから? それともコイツを倒せるだけの魔術を練れる自信が無いから? はたまた、俺が何を意図しているのか全く理解できていないから?
考えればキリは無い。けれど……スノウのことは全く心配しちゃいない。
それは不思議なことでもなんでもなく、ただ、彼女が“ストームブレイカーのスノウ”という魔術師だからという理由に尽きてしまう。
自分を奮い立たせるための笑顔は、いつしか自然な笑みへと変わっていた。





