08 雪解け
「くっ、うぅ……」
いつの間にか気を失っていたらしい。
宿屋のベッドよりもずっと硬い地面の上に寝かせられたせいで全身変な痛みが――って、そんなことを考えている場合じゃないっ!
「スノウッ!」
意識を失う直前まで、ずっと腕の中に抱き締めていたスノウがいない。
慌てて身を起こし、周囲を見渡す……と、少し離れた場所で同じく気を失い、ぐったりと横になっている彼女の姿があった。
しっかりと呼吸をしていて、外傷も見られない。どうやら無事のようで俺はつい安堵の溜め息を吐いた。
「……しかし、どこだここは」
今いる場所は明らかに先ほどまでいた場所じゃない。
先ほどいたのはダンジョン内の通路だが、ここは小部屋だ。
それも、基本的には洞穴のように土や岩を削ってできたダンジョンとは様子の違う様相を呈していた。
石造りの壁や天井。石畳の張り巡らされた地面。まるで人が造った建造物の中にいるみたいだ。
俺は信心深くないので行ったことは殆ど無いが、何かの神殿みたいな厳かな雰囲気を感じさせる。
そして――この部屋から唯一伸びた出口、その通路の向こうから妙なプレッシャーを感じる。
無意識の内に顔が強張ってしまうようなこの感覚はまるで――そう、ボス部屋。その直前の休憩エリアにいるような感覚だ。
「これって……まさか、冗談だろ……?」
頭の中に浮かぶ一つの仮説。
それは今この状況においては最悪ともいえるものだった。
俺は全身が震えるのを感じながら、通路とは逆方向、小部屋の壁を調べ始める。
触り、叩き、時には力任せに蹴り――しかし、新しくここから脱出できるような隠し通路は出てこない。
進める道は、ボス部屋へと繋がるあの道だけ。ワープポイントも設置されておらず、帰還も許されない……。
「うぅ……」
スノウの呻き声が聞こえ、反射的に振り返った。
「スノウ。目、覚めたか」
「モノグ……あれ、アタシ……」
ゆっくりと身を起こしたスノウは、周囲を見渡した後、状況が分からず説明を求めるような視線を飛ばしてきた。
「ここ、どこ……?」
「分からない。俺も起きたらここに寝てたんだ」
俺がスノウを運び込んだわけじゃないと含ませつつ、答える。
もしかしたら信じてもらえないかもと一瞬思ってしまったが、スノウは特に引っ掛かった様子を見せなかった。
「身体、痛まないか」
「え? う、うん。大丈夫。固い所に寝かされてたから少し肩が凝ったかもだけれど」
「そうか。俺も似た感じだ」
気絶しているところを拉致された、という感じではない。
けれど、長時間寝ていたというのは、何となく体の感じから分かる。ダンジョンの中で寝るなんて経験は初めてだったから、外が今何時なのか、正確にあれからどれくらい時間が経ったのかは全く分からなくなってしまっているが。
「あ、あの、モノグ……その、アタシ……」
状況把握に頭を回す俺に対し、しどろもどろにスノウが声を掛けてきた。
気絶というインターバルを挟んだ分、頭が冷えて羞恥が湧いて出たのだろう。気持ちは分かる。俺も同じだから。
「俺は、スノウに謝らなくちゃいけないことが沢山あるな」
「え……?」
「でもお前だって謝ってくれたっていいんだぞ。1人で悩んでないで相談してくれりゃ良かったんだ。あの日、せり立った壁を越えられなかったのはお前1人じゃなかったんだから」
レインも、サニィも、そして俺も。
高い防御力を誇る群れを相手に辛酸を嘗めさせられた。その意識に違いは有れど、思い出せば皆悔しい気持ちになるだろう。
膝を抱えて座り込みつつ俯くスノウの隣に、俺も胡坐をかく。
「ま、気持ちも分かるけどな。魔術師ってのはどいつもこいつも負けず嫌いで、プライドが高いから」
「……アンタも悔しいの? 信じらんない」
「なんでだよ……」
驚いたように目を瞬かせるスノウに俺はつい苦笑してしまう。
ものぐさと呼ばれるほどやる気に満ち満ちておらず、悔しいみたいな感情は中々表に出さないかもしれないけれど、ちゃんと感情は備わってるんだよなぁ。
「アンタは、完璧だもの」
「あんだって?」
「アタシ、アンタの使う魔術が好き。凄くキレイで、カッコよくて……アタシは誰にも魔術を習わず、独学でここまで来て、それでも思い通りに魔術が操れて……自分を天才だと思ってた。でも、アンタを見てそれが思い違いだったってハッキリ分からされた」
自嘲するように笑うスノウ。手のひらを広げて、それを見つめる彼女の目には、少しばかり寂しさが滲んで見えた。
「アタシは、アンタみたいになれない。機転が利いて、アタシたち全員をしっかり支えてくれて……アタシなんか目の前の敵のことで精一杯なのに」
「スノウ……」
「でも、アンタになろうとしなかったことは今でも正解だと思ってる。まっ、当時は支援術師と攻撃術師は別物だって思ってたからだけど」
何故かスノウは俺のことをべた褒めしてくる。恥ずかしそうに、けれどやっぱり少し寂しそうに。
「だから、アタシはアタシのやり方で魔術を究めようと思った。アタシにまともな魔術師みたいな“冷静”っていうのは無理だし。だったら余計に自分を曝け出してやろうって思ってさ」
「正解だよ。お前が俺を過大評価していることは一旦置いておくにしても、あれだけ感情を乗せて魔術を高めるなんてのは、俺には絶対無理だ」
「でも……調子に乗っちゃった。アタシに必要なのは自信。なのに、メイジタートルに敵わなかったあの日以来、毒が染み込んでいくみたいに苦しくなるようになった。アンタは立ち止まらず、進み続けているっていうのに。アタシは過去に足を掴まれて、必死にもがいててさ」
ぎゅっと手を握り込むスノウ。彼女の目には何が見えているのだろう。何かを確かめるように、握り締めた拳を見つめている。
「この間のドラゴンを倒した時……久しぶりに気持ちが良かったわ」
「ああ、俺もさ。とんだジャイアントキリングだぜ?」
「それもあるけれど、あの戦いの前にサンドラが言ったさ、『モノグがいればストームブレイカーは無敵』ってやつ。アレが良かったの。なんだか凄く腑に落ちて、一体感っていうのかな。あの時が多分、今までで一番上手く魔術を使えた気がする」
「ああ、凄くキレイだった」
「キレ……っ!? いきなり褒めないでよ、調子が狂うじゃない……!?」
随分照れたように顔を赤くしつつ、つんと顔を逸らすスノウ。
しかしそれを言うのであれば、俺もそっくりそのまま同じことを言いたい。先ほどから過剰に褒められて面映ゆい感覚なんだ。
「でも……あの感覚があったから、1人だとどうしても自分の駄目なところばかり気になるようになって……結局、アンタに杖に見惚れてるところを見つかっちゃって、どうしていいか分からなくなって……それで……」
ごめんなさい、と消え入りそうな声でスノウが漏らす。
そんな彼女に対し、俺は頭に手を伸ばして力任せに撫でつけた。再び湿っぽくなってしまいそうな空気を払拭するために。
「きゃっ!? な、何すんのよ!?」
「謝ってんじゃねぇよ。そもそも俺は自分で巻き込まれに来たんだしな」
そういつも通りを心掛けて言いつつも、内心はちょっと戸惑ってしまう俺。
てっきり、スノウは直ぐに手を払ってくるんじゃないかと思っていたのだが、少し嫌そう、というかむず痒そうな素振りをしつつも払う気配は無い。それほどまでに弱ってたのか……!?
「と、とにかくだ! うじうじ悩むのはお前らしくない!」
「酷くない!?」
「馬鹿正直に、想いのままを魔術に乗っけて放つ! それが他の魔術師に無いお前の持ち味で、カッコいいところなんだ」
「カッコ……って、褒めて無いでしょ!?」
「褒めてるよ。すっごく褒めてる」
やっと調子の出て来たスノウに安堵しつつ、俺は笑顔を浮かべる。もちろん、安堵が背中を押してくれているのは言うまでもない。
「お前は俺を変に褒めそやしてきたが、俺だって同じだぜ? スノウは凄い魔術師だって尊敬してた」
「モノグがアタシを尊敬っ!?」
「そんなに驚くことか? 独特のスタイルを持っていて、それでいて結果も出してる……天才ってこういう奴のことを言うんだなってずっと思ってた」
「へ……へぇぇ~……」
スノウはニヤつくのを必死に堪えたような歪な表情で相槌を打ってくる。
度々スノウのことは褒めていた気もするんだけど冗談だと思われていたのだろうか……って、そうだよな。こんな状況にでもならなかったら、俺もスノウから褒められたって本気で受け取らなかっただろう。今でも言い過ぎとは思っているし。
それだけ魔術師ってのは見栄ばかりの連中なのだ。誰かを認めたら自分は終わると思ってる。だから思ってても口に出すことはない。
けれど、なんだろう。今日、こうしてスノウと腹を割って話して、俺は彼女と、魔術師としてまた新しい関係になれた気がする。
今まで考えもしなかった、互いに互いの尊敬をぶつけ合う関係……なんだか奇妙だけれど、不思議と心地は良い。
「アタシ、現金かも」
「え?」
「モノグに認められてるって思ったら、なんだか今まで感じてた壁なんて何でもなかったように思えてきちゃった」
「そ、それは確かにちょっと極端かも……?」
やけに清々しい表情を浮かべるスノウに俺はつい本音を返してしまう。
実際俺に褒められたからとて、メイジタートルを倒せるとなるわけではないのだし。ただ、具体的なことを言って元に戻るのも怖いので、さすがに口からは出さなかった。
「ふふん、だってアタシはモノグが尊敬する魔術師よ? 半年も前にぶつかった壁なんかに今更躓いたりしないわよっ」
「本当に現金な奴だな!?」
「それだけ、大きいってことよ!」
本当にさっきとは真逆、憑き物の落ちたような満面の笑みを浮かべるスノウに俺はやっぱり苦笑する。
「ふふっ! そうと分かったらさっさとこんなところ出て、アイツらに自慢してやんなきゃね……!」
アイツら? 少し引っ掛かったものの、それよりも先に前半を否定してやらなくちゃいけない。
「スノウ、いいニュースと悪いニュースがある」
「え?」
「まずは悪いニュースからだ」
「ふ、普通こういうのってどっちが先に聞きたいか聞いてくるもんじゃないの……!?」
主に酒の席で使われる常套句ということもあり、基本ルールはスノウも知っていたようだ。
しかし、今回はイレギュラー。悪いニュースが無ければいいニュースは成立しないのである。
「スノウ、この部屋を見て気が付くことはないか?」
「え? ええと、出口は一個だけで、ちょっとダンジョンっぽくない造りで……あれ、なんかこの感じ……」
スノウはこの部屋から伸びた通路の先を見つめつつ固まる。
きっと今脳内では「まさか」という言葉が躍っていることだろう。
「ああ、冒険者なら肌で感じるプレッシャー……この先にはボスがいる。そして、それを突破しなくちゃ俺達はここから出られないだろう」
「う、嘘……、たった2人でボスを倒すの!? ていうかここはどこよ!? 絶対第10層じゃないわよね!?」
忙しなく騒ぎ出すスノウ。俺に聞かれても……と言いたいところだが、なんとなく察しは付いている。考え至ったというよりは状況から合わせた消去法がメインだが。
「そ、それで、いいニュースってのは!?」
「あー……いいニュースね」
「……ちょっとモノグ? もしかして、何も無いのにそれっぽく勿体ぶった言い方したって言うんじゃないでしょうね!?」
「い、いや、ちゃんとある」
ただ、改めて言うのが少し恥ずかしいというだけで。
けれど、確かに良いニュースだ。希望と言い換えてもいい。今の俺と、彼女にとっては。
「良いニュースは、そんな状況下に俺達2人が揃ってるってことだ」
「あ……」
「乗り越えよう。どんな壁が待ち受けてるかなんて分からない。けれど、進む以外道が無いのなら、堂々と突き進んでやろうぜ」
俺の超ポジティブな発言にスノウは呆れたように肩を竦める。
けれど決して否定はしない。むしろ、その目には爛々とやる気の炎を灯らせ、そして口元は大胆不敵に弧を描く。
「そうね。なんたってストームブレイカーは……ううん、アタシはモノグがいれば無敵だから!」
そう、スノウは歯を出して笑う。
ボスを倒せる絶対的な根拠があるわけではない。けれど、妙な全能感が身体を満たしていた。
今、俺達はきっと、魔術師が求める“冷静”さとは全く違う領域にいる。
けれど、決して笑わせたりなんかしない。
俺達が正しいと、この先に待ち構えるボスを倒して証明してみせる。





