06 第10層の記憶
スノウが選んだのは第10層だった。
現在俺達が攻略済みなのは第18層まで。ダンジョンはより深い層に進むごとに出てくる魔物も強くなり、構造も複雑になっていく。
だから第10層は俺達がこれから攻略しなければならない層に比べれば遥かに易しい。ちなみに昨日ストームブレイカー全員で潜ったのは第14層なので、それに比べても易しい。
けれど、だからといって油断して良い理由にはならない。
なんたってこの層にも確かに魔物は巣食い、人間達を喰らい殺してやろうとその牙を研ぎ澄ませているのだから。そんな魔物達からすれば俺達が今どの層まで進んでいるかなんて一切関係がないのだ。
「スノウ、あんまりガンガン進まないでくれよ。離れたら危険だ」
「分かってるわよ……」
「主に俺がな。スノウに置いてかれたら俺は為すすべなく魔物達の餌に……ああ、なんて恐ろしい」
「分かってるわよ! そんな言うなら付いてこなけりゃ良かったじゃない!?」
呆れたように怒鳴るスノウ。普段通りに見えるが、言葉は僅かに震え、硬い。余裕のなさが滲み出てきている。
「なぁ、スノウ。どうしてこの層を選んだんだ?」
少しでも彼女の気を解す為、俺は彼女にそんな疑問を投げかける。もちろん、質問の内容自体にも興味はあった。
「……アンタ、初めてこの層に来た時のことを覚えてる?」
「ん」
覚えてるといえば覚えている。それほど遠い昔でもない。
しかし、覚えているといっても思い出的な覚えているだ。細かい情報の一つ一つを明確に記憶しているわけじゃないし。
けれど、第10層か……ここで起きた一番の出来事と言うと……あっ。
「そういえば、サンドラがストームブレイカーに加わったのもこの層を攻略している時からだったな」
今ではすっかりパーティーの一員として定着した彼女だが、思えば第10層で俺達が“ある壁”にぶつかったのがきっかけだった。
……って、もしかしてスノウのやつ。
「まさかお前、『メイジタートル』を狩ろうってんじゃないだろうな」
「そうよ」
ノータイムで返事しつつ、スノウはやはり硬い面持ちで頷いた。
対し俺は……思わず足を止め、その場で固まってしまう。
「おい、冗談だろ?」
「こんな大して面白くもない冗談を言うためにダンジョンに来るほど間抜けじゃないわ」
「お前……あの時散々懲りただろ……」
メイジタートル。
その名が示す通り、亀の姿をした魔物だ。
見た目通り鈍重で、殆どその場を動くことはない。体長は1メートル程度で、サイズとしても大きくはない。
そんな、この第10層にのみ出てくる魔物だ。
魔物、モンスターとも呼ばれるそれは大きく3つに分類される。
1つ目はボス。ボスモンスター。各階層の最奥、次の階層へ進むためのワープポイントを守護する強敵だ。
第18層でいうとドラゴン――いや、アレは下の階層から上がってきたイレギュラーな存在だ。本物のボスはあのドラゴンに狩られてしまったのだろうし。
2つ目は中ボス。一部ではユニークモンスターなんて呼ばれていたりもする。ボス部屋に引きこもっているボスとは異なり、中ボスは迷宮部分に出現する。
力が強い、身体が大きい、他の魔物が持たない特徴を有している特別な個体である。
3つ目はその他大勢の雑魚モンスター。ダンジョン内にうようよ存在するそいつらは、時にはボスの取り巻きになったり、中ボスの取り巻きになったり、個々で動いたり群れを成したりする。
俺達は無際限に湧いて出てくるこの雑魚たちを相手にしながらダンジョン攻略を進めていく。
魔物の生態は明らかになっておらず、雑魚はいくら殺しても絶滅しないし、中ボス・各層最奥に鎮座するボスも、倒したところで少し時間が経てば再び何事もなかったように復活する。
だから別のパーティーが先に攻略した階層であっても、後から来るパーティーはボスと戦わずに済むなんてことは無くて――
っと、思考が脱線してしまった。
メイジタートル……そう、メイジタートルだ。
この層に出てくるあの亀には随分と辛酸を舐めさせられたものだ。サンドラをスカウトしたのもこのメイジタートルがきっかけで、おかげで今のストームブレイカーがあると思うと感謝もしなければいけないかもしれないが……それでも苦手な存在だ。
メイジタートルの一番の特徴はその硬さにある。亀型の魔物は大抵そうだが硬い甲羅はレインの双剣、サニィの弓のような一撃一撃が軽い攻撃であれば簡単に弾き返してしまう。
そんな“物理攻撃に対する耐性の高い魔物”に対して俺達は、スノウの攻撃魔術を軸にすることで対処してきた。物理攻撃に極端に強い魔物は攻撃魔術に弱いというのが定説だった。
しかしコイツに関しては物理耐性はそのままに、攻撃魔術に対する耐性も高い。おそらく亀型の魔物ながらに魔術を扱うため、耐性も備わったのだろう。
攻撃方法は主にその場にとどまりつつ、中・遠距離から魔術を飛ばしてくるという、固定砲台なんて呼ばれるスタイルだ。実に鬱陶しい。
それらを踏まえ、その上で何よりも厄介なのは、メイジタートルが雑魚モンスターに分類される魔物だということだ。つまり、ウジャウジャ大量に湧いて出てくる。
もしもコイツがボス、中ボスに対応するのであれば、俺の支援魔術【アキュムレート】からの【バースト】で倒すなんて選択も取れるが、それが数体、いや十数体と纏めて出てきてしまえば流石にキリがない。
レインの剣も、サニィの弓も、そしてスノウの魔術も効かない雑魚モンスター――正直、初めて出くわした時は中々に絶望したものだ。
だからこそ、仲間に加わったばかりのサンドラが、大剣を振り回して硬い甲羅をバリバリと破っていく姿にはまた別の戦慄を覚えたものだが……
そこまで思い出し、改めてスノウを見る。彼女はこちらを振り向いていて、俺が何を言いたいのか理解しているように仏頂面を浮かべていた。
「でも、なんでいきなり――」
「いきなりなんかじゃない……アタシはずっと、引っ掛かってた。まるで部屋の中を小さな羽虫が飛んでるみたいな感覚――チラチラチラチラ視界に入ってきて、ウザったいったらありゃしなかった」
「随分具体的な喩えだな……つまり、そんなのを思いつくくらいには考える時間は有ったわけだ」
「……そうね。ここを、第10層を通り過ぎてからずっと……アタシの意識の一部はきっとここに置いてかれたままだった」
忌々し気にスノウは吐露する。そこに嘘は感じられない。そんな疑いをかけることが馬鹿馬鹿しいまでに本気が溢れ出している。
「アタシは自分がレインやサニィみたいに器用な人間じゃないってことがよく分かってる。別にサンドラが嫌いってわけじゃない。むしろ素直ないい子だって思っているし、大切な仲間よ? でも、それとは別に……あの時負けたまま、おめおめと逃げ出すしかなかった自分に腹が立つのよ」
「だから、リベンジしたいって? でもどうして今――」
「だから言ってるでしょ! アタシはずっと……ずっと……!!」
俺を睨みつけるその目に、薄っすらと涙が浮かんだ。
「悔しかった……どんなに頑張っても、どんなに新しい魔術を覚えても、不意にあの日負けた自分が出てくる……『あの雑魚モンスターにも勝てなかったくせに』って! このままじゃアタシ、いつか歩けなくなっちゃう……気がついたらみんな、ずっと先に行っちゃってて、私だけ置いていかれて……そんな嫌な予感ばかりが浮かぶようになって……」
次々と漏れ出てくるスノウの本音。
それを俺は黙って聞いていた。
……いや、黙っていることしかできなかった。
俺は、彼女のことを理解しているようで全然理解できていなかったと思い知らされてしまったから。
「アンタにだけは、知られたくなかった……!」
「……え?」
「アンタには……モノグにだけは、アタシは優秀な魔術師って……頼りになる仲間だって思っていて欲しかった……! だから、頑張った……頑張れたのに……!!」
ここはダンジョンの中。人間を喰らい殺そうと牙を光らす魔物達の巣窟。
今はまだ現れていないが、いつ現れ襲い掛かってくるかもわからない危険な場所だ。
そんな中で、スノウは無防備に涙を流し続けている。
――危険だ。
――泣いている場合じゃない。
正論が頭の中で騒ぐ。
しかし、その言葉は喉奥から先には出て来てはくれず、俺はただ茫然と彼女を見つめている他なかった。





