暗澹の中の光明
坑道を入ってすぐ、マクレガー監督は木箱が積まれた側道の前で立ち止まる。
「さっきマイト使ったが、どっちも結構奥だから大丈夫、……なはずだ」
「どっちも?」
尋ねたアデルに、マクレガー監督は正面を指差す。
「今掘ってる方は半マイル先まで進んでる。こっちの側道はその半分くらいで諦めたけどな。
ただ、小屋に入らない資材だとかを入れるのには便利してたから、1週間前まで倉庫代わりにしてた」
「1週間前?」
マクレガー監督は木箱をひょいひょいとどかしつつ、話を続ける。
「1週間前、特務捜査局だって人間が4人、うちに来たんだ。だけど、……その、色々事情があってな。ここに閉じ込めるしかなくなっちまったんだ」
「てめえ、監禁してたのか!?」
血相を変えるダンに、マクレガー監督は申し訳無さそうに頭を下げる。
「本当に済まねえと思ってる。……本当に、逮捕しないでくれるんだよな?」
「逮捕しない。だが状況如何によっちゃ、一発二発殴らせてもらうぞ」
「う……、ま、まあ、仕方ねえな。
と、ともかくだ。一応、メシとか寝床とか、不自由無くはさせてた。常に見張りは付けてたけど」
木箱をどかし終え、マクレガー監督は奥へと進もうとする。
と、そこでエミルが声をかけた。
「ねえ、監督さん?」
「ん?」
「サム……、いえ、特務局の人間4人を監禁した事情って、一体何なの?」
「それは……、まあ、……色々だ」
「話しなさいよ。状況がまったくつかめないまま、あたしたちもノコノコあんたに付いて行ってそのまま監禁されちゃ、たまったもんじゃないわ」
「……」
マクレガー監督は苦々しい表情を、エミルに向ける。
「話さなきゃダメか?」
「俺からも聞きたいところだな」
腰に提げていた小銃に手を添えつつ、アデルも同意する。
「特務局の人間、つまり司法当局の人間を無理矢理閉じ込めなきゃならんような事情が何なのか聞いとかないと、確かに後の展開が読めないからな。
よっぽど誰にも知られちゃならない何かがあるとしたら、俺たちも生かしちゃおけんってことになるだろ?」
「……分かった。だが、その」
マクレガー監督は表情を崩さず、ぼそぼそとこう続けた。
「俺はしゃべるのが苦手なんだ。そもそも、今回のことは何から話していいやらって感じなんだ。頭がどうにかなりそうなことばかり起こっちまって、本当、気が動転しまくってるって状態なんだよ。
だから、多分、長くなるし、ワケ分からんと思うが、それでも聞く気か?」
「ああ」
「……分かった」
2ヶ月前――。
「かっ、監督、監督ーっ!」
いつものように、マクレガー監督が部下たちに呪詛めいた愚痴を延々と吐いていたところに、一番若い部下、ケビンが転がり込んできた。
「だから俺はな、……な、何だよ、ケビン?」
「こ、こんな、こんなもん、で、で、出たんスけどっ」
「こんなもん……?」
マクレガー監督を含めた小屋の中の全員が、ケビンに注目する。
いや――視線はケビンにではなく、彼が抱える、白い石の塊に向けられていた。
「何だそりゃ?」
「……か、か、監督っ」
と、部下の中でも一番年長のナンバー2、ゴードンが慌てた声を上げる。
「そいつはダイヤだ! ダイヤモンドですよ!」
「だ、……ダイヤぁ?」
マクレガー監督はゴードンの顔を見、もう一度ケビンの方に向き直る。
「何バカなこと言ってんだ。俺は16年炭鉱で仕事してるが、んなもん出てきたことなんか一度も無えぞ」
「いや、しかし実際出てきたわけですし」
「あのな、本当にダイヤだってんなら」
苛立たしげに返しつつ、マクレガー監督はケビンが抱える岩塊をつかむ。
「あの窓ガラスにこすりつけりゃ、切れるはずだわな。ほれ、見てろ」
そう言って、マクレガー監督は岩塊で窓ガラスをガリガリと引っかき――まるで布をナイフで裂くように、さっくりと切れたガラス片は、がしゃん、と音を立てて床に落ちた。
「ほら見た通りだ、こんなもんちっとも、……切れてるじゃねえか!?」
途端にマクレガー監督は血相を変え、自分の手中にある岩塊をにらみつけた。
「マジかよ」
「……マジですね」
予想外の事態に、マクレガー監督もゴードンも、他の作業員たちも、呆然とした顔で黙り込むしかなかった。