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監獄で働く俺は、毎日英霊達の愚痴を聞きながら日々を送る〜監獄で暮らす英雄達の後日談

作者: いんふぃ

初めてまして。いんふぃと申します。

この作品は自作品のコラボとして作られております。


他作品に登場する人物や設定などが出て来ますが、知らなくても問題ありませんのでどうぞ気軽にお読みください。

「さて、そろそろ時間か。今日も一日平和に過ごせますように…っと」


 五円玉を賽銭箱に投げ入れ、今日の仕事が無事に終わるように祈るのが、ここ最近の仕事をするようになった俺の日課だ。


 今の俺はこの日本に存在しない事になっているので、毎日がカプセルホテルやネカフェで夜を過ごす寂しい毎日だ。


 何で存在しない事になっているんだって? それは簡単、俺の存在が無かった事にされているからだ。


 一応雇い主から貰った車の免許証だけが、俺の唯一の身元を示すものだ……まぁ偽造された物だけどな。


 朝の7時30分を過ぎた頃、俺は日課のお参りを終わらせ、寂れた神社で朝食を取る。


 コンビニで買ってきたサンドイッチとオレンジジュースで朝食を取りながら、スマホでニュースを流し読む。


 日本の、日々変わることのないゴシップとスキャンダルに呆れながらも、これが今の日本だと納得してスマホの時計を見てこの神社から少し離れた駅へと移る。


 7時50分前には駅に着き、人混みの中を潜り抜けコインロッカー置き場に着く。


 自分がいつも使うロッカーが空いている事に少し安堵しながら手荷物や、スマホなど俺が今持つ全ての物をこのロッカーの中に入れておく。


 小銭入れだけを残した俺は、ロッカーを閉め今度は個室のトイレに入り込む。


 トイレに入ると俺は用を足さずに、ただお迎えを待つだけの時間を過ごして行く。







 気がつくと、既に馴染みとなった職場の俺の椅子に座っていた。


 どうやら今回も、問題なく職場につけたようだ……




「毎日、ほぼ同じ時間に来るんだね。流石は地球でも時間にうるさい日本人だ。素晴らしい」


「おはようございます。ドリンさん」


 ウンウンと自分勝手に納得している同僚に挨拶だけをして、俺は職場の服に着替える為に更衣室へと向かう。


 職場の仲間の何人かと廊下や階段ですれ違うが、挨拶と頭を下げるだけの間柄だ……特に問題もなく更衣室へと辿り着く。


 自分のロッカーに向かうと、隣のロッカーで同僚のニッカさんが着替えをしている所だった。


「おはようございます。ニッカさん」


「おはようさん、新人ルーキー


 挨拶だけを交わすと、俺はロッカーを開けて看守用の制服に着替えていく。


新人ルーキーもそろそろこの職場に来て、一ヶ月が立つのか… 」


 袖に6本の腕を器用に通しながら、話し掛けてくるニッカさんに頷くと、ニッカさんはロッカーから小さな小箱を取り出して、俺に放り投げてくる。


「…っと、何なんですこれ? 」


 慌てて、投げられた物を受け取るが、俺にはこれが何なのかは見当がつかない。


 取り敢えず頂いたものはロッカーに置いておき、素早く仕事着に着替えていく。


 カッターシャツのボタンを締め、紺のスラックスを履きネクタイを締めた後に上着を着る。


 後は護身用の警棒のベルトを付け、警棒を入れた後に帽子を被れば終了だ。


 ここの制服は、全て違う部署でクリーニングされるので仕事終わりにロッカーに入れるだけで済むのが素晴らしい。


 難点をいえば、このロッカーはその部署の人なら開けれるという事だが、この場所に盗みをする人などいないであろう。


 何故なら…


「その箱は今日の仕事が終わってから開けてくれ。その時になれば分かるだろうがな」


 ニヤリと笑い、こちらを見てくるニッカさん。


 俺は頷いて、頂いた箱をロッカーに入れておく事にする。







 着替え終えたニッカさんと一緒に職場に行く途中、ニッカさんから家庭内の話を聞く事になる。


 どうやら2人のお子さんが今度運動会でリレーと綱引きで出るそうだ。


「俺の種族は走る事は苦手なんだが、長男は足が速くてな、今回の運動会は楽しみなんだ」


「そうなんですか。弟さんは綱引きだそうですが、そちらも大変そうですね」


「全くこればかりは種族的な問題だからな。同じ事をするというのは大変さ」




 他愛のない話をしながら、職場へと到着する。


 手を振って別れると自分の席に着き職場用のタブレットを開き、何か関係がある事が無いか調べておく。


 どうやら俺の星で、他の世界の神様による『神霊具発動』により、【対神結界】と【空間遮断】が発動した結果、次元に綻びが出来る要因となりしばらく空間が不安定になるという事だった。


 通勤に(空間転移)を使用している俺としては大変重要な問題である。


「その事故で、1人の人間が消滅の判定を受けたそうだ。怖い怖い」


 隣に座った同僚が、新たな情報をくれる。


「そうなんですか。それはお気の毒に…でも、『事故』なんですか?」


 話に少しだけ違和感を感じたのだが、事故だと聞いたからだとすぐに気付く。


「そうなんだよ。『神霊具』ってのは通常封印されて使えないはずなんだがな。今回は何故か封印が聞かなかったらしい。この世界の神様は随分前から行方不明だから、下っ端が上に下にと大忙しらしいぞ」


 自分のタブレットを開き、こちらを見ずに答えてくれる同僚を見ながら、この世界は神から見放されているのかと考えてしまう。







「全員集まれ、これから引き継ぎの前の朝礼を行う。我が部署には特に問題は出てないが、通知されている通り空間が不安定になっているそうだ。独房に問題は出ないと信じているが完璧なものなどありはしない。気を付けて業務に励んでくれ! 以上」


 職場のお偉いさんの朝礼の話が終わり、俺は今日の引き継ぎ相手に引き継ぎをしてもらう事にする。


 この職場は曜日ごとに担当場所が変わるため、事前にタブレットで担当場所を確認済みだが、やはりこの引き継ぎの時間だけは気が重くなる。


「お、今日は新人ルーキーとの引き継ぎか。なら引き継ぎにはちっと時間が掛かりそうだな」


 笑いながらこちらに向かってくる引き継ぎ相手に、俺は頭を下げてお迎えをする。


 今日の引き継ぎ相手は、この部署でも1、2を争う大ベテランだ。


 無駄に相手を嫌な気分にさせて面倒な事になるのは遠慮したい。


「固いなぁ…そろそろもう少し力を抜いてもいい頃だぞ? まぁ力を抜くと、気を抜くを履き違える奴が多いから問題なんだけどな」


 しわの深い顔を緩ませながら、俺に今日あった出来事の要点を纏めながら話してくれるベテラン。


 この仕事を50年近くもしているという熟練の域に達した引継ぎに、俺はついていくのが精一杯といった感じで引継ぎ内容をタブレットに入力していく…まぁ、ベテランから報告書がこちらにもメールされているので大体は把握しているのだが。


「そうだ、自分で纏めないと覚えないからな。聞いた事や、感じた事は自分の言葉で纏めるってのは大事な事だぜ」


 左頬の傷をさすりながら俺に指導までしてくれるベテランの言葉は重みが違う。



「じゃあ、これで引き継ぎは終わりだ。頑張れよ新人ルーキー


 そう言って、帰る支度をするベテランに頭を下げた後、俺は今日の担当場所である501号館へと向かっていく。


 全部で1000号館もあるこの監獄は、それぞれの館に1人しか配属されない。


 1館に10人しか受刑者がいないとは言え余りに少ない配置なのだが、警備担当の天使は一瞬で俺達のいる場所に現れる事が出来るため、実際に俺達看守がする仕事と言えば受刑者の相談相手という意味合いが強い。




 5号館の入り口に着くと、俺はタブレットをかざして入館手続きを行う。


 この施設ではタブレットが全ての管理をしている為、タブレット無しでは移動すらままならない。


 入館の手続きが終わると、重厚な扉が自動的に開き始め、俺1人が通れるほどの隙間が出来る。


 その隙間から入館すると看守専用の監視部屋があり、そこが俺の職場となっている。


 ここでカメラによる監視をしながら、受刑者からの要望に対応する事が最近雇われた俺の仕事だ。


 既に受刑者からの要望があるらしく、8号室から『コール』が来ている。


 着任早々仕事があるようなので、8号室の受刑者のパーソナルデータをタブレットから引き出しながら何を言われるかを考え始め、憂鬱ゆううつになる自分を叱咤しったしながら現場に向かう。







「だから、この銘柄のお菓子じゃなくてこの銘柄のお菓子を欲しいのよ! 前の看守が間違えたんだから何とかしてよ! 」


 受刑者の部屋に入った途端この言われようである。


 地球でよく見る銘柄のお菓子を振り回しながら、別の空になった箱を俺に見せつけ返却を求める受刑者を見ながら、俺はこの仕事は看守ではなくお客様サービスの現場の担当ではないのかと考えてしまうが、これも仕事だ仕方がない。


 どうやらベテランはお菓子にまでは詳しく無かったようなので、俺はタブレットを操作しながら目的の銘柄のお菓子を見つける。


「ありましたよ。そのお菓子なら3種類の味がありますけどどれにします? 俺のお勧めはサワークリーム系なんですけどね? 」


 俺の言葉に、タブレットの画面をガン見した受刑者はいぶかしげな表情でこちらの顔を見てくる。


「貴方、これを食べたことがあるの?現代日本でしかないお菓子なのに良く知っているわね?」


 美しい女性に迫られるのは嬉しいことではあるのだが、職務中だし何より相手は英霊だ。


 下手な事をすればこちらが魂ごと消滅すると口酸っぱく先輩から言われているので、俺は愛想笑いをしながら受刑者に対応していく。


「丁度その頃の時代の文明に伝手がありましてね。3種類とも食べた事がありますよ。貴女の持つポイントでは1種類しか取り寄せ出来そうにありませんがこのメーカーのお菓子に外れは少ないですし、何より紅茶に合わせるならこちらの種類が合うでしょう」


 俺の言葉に考えながら、結局俺のお勧めを注文してくる女性。


 俺はタブレットからその商品を取り寄せ、女性に間違えた商品とお取り替えをする。




「あら、このお菓子。ワインとよく合うわね。今日の看守は中々良い味覚をしているようね。はぁ……私の時代にもこんなお菓子が誰にでも食べれるようになっていれば、あんな事にはならなかったでしょうに…」


 お菓子とワインを口にしながら、昔を思い出している金髪の女性は一体どれほどの苦悩をその人生でしたのだろう…タブレットで彼女のプロフィールは一通り目を通しているが、彼女の気持ちまでは記載されてないしな。




「大体、パンが無ければお菓子を食べれば良いなんて私が言うわけ無いじゃない! あの時代のお菓子なんて高くて私ですら食べるのに苦労するぐらいだったのに…本当、民衆の豊さこそ人々の幸福であるという事をあの貴族達はまるで分かってないから革命なんて起こるのよ! 」


 からみ酒なのか、はたまた酒癖が悪いのか分からないが彼女の愚痴は続いていく……


 俺は彼女の愚痴を肯定も否定もせず、ただ聞くのみである。




「ねぇ、もし私がもっと頑張っていたら歴史は変わっていたと思う?」


 そんな俺にポツリと呟いた彼女の言葉は、儚げで、それでいて不安を帯びたものだった…


 基本、俺達看守に自分の意見を言うことなど認められてはいない。


 彼女もそれを知っているから返答など求めてはいないのだろう。


「俺の知る歴史は皆が精一杯その時代を生きて、やるべき事をした結果だと思っています。その時代の貴女がどうだったかは知りませんが、死んだ後に後悔をするのは生きていた頃の自分を侮辱するようなものだと思いますよ」


 俺が言える精一杯の言葉に彼女は目を丸くしながら、彼女は少しだけ俯いた後いつもの彼女に戻っていった。


「はぁぁ…私も年ね。こんなお子様に説教されるなんて……大体ポイントが少ないからこんな事を考えちゃうのよ! もっとポイントを与えて欲しいものだわ。大体なんで私が英霊なのよ? 私はただの王妃で別に大した事なんかしてないのに! やっぱり日本のゲームとやらでキャラ当てされたからこんな事になったんだわ!本当に迷惑よ」


 質素ながらも家族の温かみのありそうな部屋で、民の為出来るだけ贅沢をしなかった王妃の話はまだまだ続いてゆく…







「ふぅ…何とか無事に終わって何よりだ……まだ『コール』は入ってないな?」


 ようやく収まった8号室から戻った俺は、部屋に戻ると『コール』を確認して問題ないようなので椅子に座る。


 返品されたお菓子を摘みながら、各部屋に異常が無いかを確かめて問題がないようなのでタブレットで報告書を作り始める。




 お昼まであと少しという所で今度は3号室から『コール』が入る。


 丁度、報告書が一段落した所なので、タブレットから3号室の受刑者のパーソナルデータを読み取っていくが、どうやらかなりの曲者のようだ。


 データに残っているだけでも、この人物が看守の退職理由になっている件が二桁近い。


 俺は溜め息をつきながら重くなる体を引きずって3号室へと向かうのだった。







「どうしたね? 新人くん。顔色が悪いようだが健康に問題でもあるのかね? 看守が体調を崩すなんて、模範にならないのでは無いかと私は考えるよ。ここに良い薬があるから試してみるかね? 」


 人の良さそうな顔で親身に俺の体調を心配してくれるのは良いのだが、何処から仕入れたか分からない薬を看守に進めるのはどうかと思う。


「お気遣いお構いなく。そう見えるだけで私は健康体です。御用はどう言った事でしょうか? 」


 こんな相手でも英霊だ。俺のか弱い体では何かされたら即、死に繋がる。


 出来るだけ関わらないように付き合うのがこの手の相手には一番良い方法だと思うのだが、相手がそうはさせてくれない。


「いやいや。そう言って何人もの看守がここを訪れなくなった事を私は覚えているよ? 君もここに来る時、既に不調を感じていたのでは無いかね? そういった不調は早めの対処が大事なんだよ? 」


 明らかにこちらの不調の原因に気が付いているのに、笑みを絶やさず俺に接して来るこの男、どう考えても嫌がらせである。


「それで要件は何でしょうか?」


 話を全て流すことにした俺に、男は興味を失ったのか呼び出した要件を話し始める。


「実は神に祈りを捧げているのだが、中々神からの返答がなくてね。良ければ神から返答を頂きたいのだが、神の消息を知らないかね? 」


 いきなり無理難題を言い出す男に俺はこめかみを押さえながらこの男をどうすれば黙らされるのか真剣に考えてしまう。


「それは貴方の信心が足りないからでは無いですか? 俺は神に会った事が無いのでよく分かりませんよ」


 俺の気の無い答えに目を輝かせながら近づいて来る男。


 ここで少しでも俺に敵対してくれれば天使達にお任せ出来るのだが、感が良いのか既に経験済みなのかは分からないが近付く以上の行動をこの男は取ることはなかった。


「そうか、このような場所で働いているのに君には信心というものが足りないようだね。よろしい! 私と共に神への祈りを捧げようじゃないか。何、心配しなくてもいい。こう見えても生前は修行僧として生きていた事もあって、祈祷には自信があるからね」


 本当に嬉しそうに話し掛けてくる男だが、確か正式には僧としての役職には就いてなかったはすだ。


「信心とは強要するものではなく、己の心を高めるものだと俺は聞いてますよ? 私の仕事はここの看守で、仕事も満足に出来ないような人間が神に祈るのもおかしな話でしょうし、俺は俺の仕事を完遂する事こそ己を高める事だと考えていますから」


 自分で言ってて何を言っているのか分からなくなるのだが、この言葉はどうやら男の考えに合ったようだ。


「そうですか。それなら貴方は己の仕事を全うしなさい。もし、その心に迷いが出るようなら私が聞いて差し上げましょう。こう見えても女性達からも信頼され、偉大なる人にもそのお側にいる事を許される程度には信頼された事がありますから」


 皇帝夫妻や、貴族の女性達に寵愛を受けた男の言うことは違うなと思いながらも、そう言って微笑む男に、俺はよこしまなものをを感じることはなかった。


 例えるなら、お節介が過ぎる自称宗教家といった所か……


 部屋に作られた神を祀る祭壇で真摯に祈り続ける男を見ながら、俺は怪僧と呼ばれたこの男が本当に国の滅亡に関係したのか疑問に思ってしまう……まぁ、この男がいなくても結局国が滅ぶことに変わりはないのだが…あの国には人の欲望が溢れすぎていたからな。


 祭壇以外はありふれたものしか無い中で、唯一家族と撮られた写真だけが俺の印象に残った。







 看守の部屋に戻れた時には既に昼を大幅に過ぎていた。


 昼食を食べに本館の食堂へと足を運ぶ……食事を含む1時間は俺の代わりに天使が監視をしてくれるらしい。


 それなら全て天使がすれば良いと思うのだが、それはそれで問題があるらしく看守は『生きている人物』が当たる事を義務付けられているそうだ。


 俺としては仕事が無くなる訳では無いので別にどうでもいい話でもある。




 時間がずれたせいか人通りも少ない廊下を歩いていると武装した天使達がかなりの人数で移動していた。


「何かあったんですか? こんなに慌てている天使達なんて見た事ないんですが?」


 タブレットにはそのような情報が入ってないので、取り敢えず天使達を遠目に見ながら話をしている事務員さんに聞いてみる。


「それがね。朝、朝礼で話があった次元の綻びの所為で『妖怪』や『地域神』様達がこちらの世界に侵入しようとしているらしいの。その結果、更に空間が不安定になっているらしくて天使達による鎮圧作戦が始まるそうよ。本当に困っちゃうわよね」


 3つ目のチャーミングな女性が興奮した様子で俺に話してくれる…隣にいる角の生えた背の低い女性も同じ考えなのか、頭をしきりに縦に振っている。


 中々、とんでもない事が起こっているようだ……


 ふと見ると天使の中でも指示を出している人が俺の目についてしまう。


 何故気になったかと言うと、体のあちこちに包帯を巻き、頭にも手当をされた跡なのかガーゼがあちこちに貼られているからだ。


「第3天使部隊は妖怪達を追え! かなり強力な奴ばかりだから気をつけろ! 第1、第2部隊は殿しんがりを押しつぶせ! ただし、弁財天様がいるそうだから無理はするなよ? 下手したら他の七福神まで来るからな」


 とんでもない事を怒鳴っている天使に気を取られ過ぎた所為かかなり時間が経ってしまった事に気付き、慌てて食堂に向かうとする。


「全く『聖剣』は盗まれるわ、鎧は砕かれるわろくな事がないな…」


 離れぎわの傷だらけの天使の呟いた言葉がやけに耳に残った。







 用意されている弁当を食べながら、俺はタブレットに3号室での出来事を報告書に記入していく。


 昼食が終わり一服しようかとした時に、またもや『コール』が入ってくる。


 今までの経験上、1日に2、3回程度の『コール』が発生するのだがどうやら今日も例外ではないようだ。


 どうやら9号室からの『コール』のようで俺はいつも通りにパーソナルデータを見たのだがその表記を見た瞬間、今までにない感情が俺の心の中に湧き出て来る。


 今までこんな事が無かった為に俺は動揺してしまうが、仕事は仕事だ。


 今まで以上に入念に準備をすると、初めてここで働く事になった日のように緊張しながら9号室へと向かっていった。







「すまないがアイボリーの色の絵の具が切れてしまった。注文を頼みたい」


 それだけ言うと自分の描く絵画に視線を戻して絵を描き始める男がそこにはいた。


 部屋の至る所に書き終わった絵が置かれているが風景画や静物画しか描かれておらず、人が全く描かれていない絵画の中で1人描き続けるこの男は間違いなくあの人物である事を俺に教えてくれる。


「アイボリーの絵の具はまだかね?」


 端的に話してくる男の言葉に我に返ると、俺は震える手でタブレットを使い目的の物を取り出す。


「何度見ても不思議な物だな。そのタブレットと言う道具は……それがあれば何でも出来てしまうのではないかね? 」


 確かに男の言うことは間違ってはいない…しかし、これが普通だと思われるのも問題である。


「この場所にしか存在しない機器ですよ。現在の世の中にも似たような物はありますが、それは情報をやり取りする事しか出来ません。このタブレットのように物を呼び出す事など、今の世界では到底無理な事です」


 俺の言葉に筆を止めこちらを一瞬だけ見た男は、俺の取り出した絵の具を受け取るとまた筆を動かす事に意識を戻す。


 しかし、その行動だけで俺はこの男の存在感に圧倒されてしまう。


「だとすると、その機器を掌握してしまえばそれを使う全ての人間の情報操作が簡単に出来てしまうという事か…怖い世の中になったものだ…」


 不意に語られた言葉に、俺は背中に嫌な汗を掻いてしまった事を自覚してしまう。


 この男が半世紀以上先にある機器の本質を的確に捉えていたからだ。


 かって軍の情報部にも在籍していた経歴のあるこの男にとって、情報の重要性は誰よりも理解しているのだろう。


 そうで無ければこの男が政権すらも完全に掌握することなど出来るはずが無いのだから。


「勝手に英霊などと言われるものにされてしまったが、それすらも私という存在が情報として世界の皆に知られた結果だしな。世の中、噂や流言でその存在の本質が歪められるなどといったことは古来からよくある事だ」


 淡々と語るこの男の名前ほど世界で知られている人物も中々いないだろうと思いながらも、男の言葉に引き寄せられてしまう。


 国中をその言葉によって魅力した男の言葉は、俺にとってかなりの誘惑を感じるものだったが何とか自制によりその男に質問する事を止める事が出来た。


「そう言えば君のその姿から察するに東洋系の生まれか。私がいた頃には日本と言う国と同盟を結んでいた事があったが、今でもあの国は存在するのかな? 」


 男の言葉にどう答えようか考えてしまうが、規定によるとその時代の歴史程度なら教えてもいいはずなので当たり障りのないように話そうと考える。


「そうですね。貴方の国と同じように戦争に負け、敗戦国となった日本はアメリカ主導の元で民主国家として生まれ変わりましたよ」


 そう言って男の顔を見て見るが、どうやら俺の言葉はお気に召さなかったようで憮然とした表情をしている。


「そう言う事を聞きたいのではなく、あの国は未だドイツと手を取り合っていた頃の日本のままかと聞きたかったのだが…その様子だと我が国同様、牙を折られた家畜と成り下がったようだな」


 その言葉に俺はカッとなり、言わなくてもいいこの男への非難の言葉を口にしてしまう!


「第二次世界大戦の元凶が偉そうな口を叩くな! お前の政策の所為でどれだけうちの婆さん達が苦しんだと思っているんだ! 」


 言ってしまったから自分の感情を抑えきれなかった事に愕然とし、帽子を深く被り顔を見られないようにしてからその男に謝罪する。


「今の発言は看守として軽率だった。心から謝罪しよう。もし、この件に不服があるようなら今すぐ俺に言ってくれ。現場担当を変更するように上司に報告しよう。勿論、俺の発言を報告書に記載する事を約束する」


 しかし男は俺の謝罪の発言を聞いていなかったのか、俺の顔から視線を外さずその目を見開いたままだった。


 流石にこのままでは具合が悪いのでもう一度発言しようとした時、男から震える声で言葉が紡がれる。


「そうか……君にはユダヤ人の血が入っているのか…」


 1番知られたくない人物に知られてしまった迂闊さに俺は口内を噛み締めてその感情を何とか殺すと、何でもないように返答をする。


「婆さんがユダヤ系なだけだ。血といってもほとんど薄れているから貴方には関係ない。それよりも申請の方はどうする?上げるなら早い方がいいから早く決めてくれ」


 俺の言葉を聞いてもその目を離さず、こちらを見る男に、俺はずっと懐いていた母方の祖母の事を思い出してしまう。


 日本のある外交官の働きで一時的に日本に滞在していた祖母は、その時に祖父と知り合ったと聞いている。


 しかし、アメリカとの開戦を控えた中、祖母は知人のいるアメリカへと渡り祖父は徴兵されそのまま終戦までお互いにどうする事も出来なかったようだ。


 終戦から3年程たった後に祖母は日本へと戻って来たそうだが、その時の祖父は戦時中に受けた傷の所為で片目を失ってしまっていた。


 俺が生まれた頃には祖父は既に亡くなっていたが、優しかった祖母の事は今でも良く覚えている。


 子供心に祖母が話す祖父の事やドイツでの昔話は俺の人生にかなりの影響を与え、大学にはドイツの大学を目指す為にその頃には既に亡くなっていた祖母の知人の紹介でドイツ人の知り合いからドイツ語を話せるように教えてもらっていた。


 その時に驚いたのだが、ドイツでは目の前にいる男の事がタブー視されている事であり、逆に今でも英雄として扱っている人達もいるという事だった。


 その頃の俺には分からなかった事だが、第一次大戦後の復興の功労者として考えた場合にこの男の指導力によって復興が早まった事も事実ではあり、それを評価する人も少なからずいたと言う事だ。


 しかし、自分の祖母と同じユダヤ人を虐殺したという事実の方が俺の心に残っており、まさかこんな所でこの男と遭遇するとは思わなかったのも事実である。


 結局の所、親からの説得で日本の大学に進学する事になったが、俺にとってドイツという国は好きだった祖母の祖国でもあり、その祖母の人生を大きく変えた国だ……しかも、目の前にはその時代の圧政者がいると来たもんだ。




「なるほど…いや、私の方が軽率だった。申請などはしない。ただ…私の独り言を聞いてくれないかね?」


 抑揚の無くなった男の声に、俺は僅かに戸惑うがそれで許されるならと思い首肯する。


 筆を止めて、感情の消えた男の独白はここには残す事は出来ない……この男の独り言は俺の胸の中で永久に眠るべき話であろう……







「すまなかったな。長話を聞いてもらって」


 男はこちらに軽く頭を下げるが、今の俺は何も聞いていない事になってある。


 俺は男に他の用事が無いか尋ねるが、絵を描く事に戻った男は首を横に振り、それを確認した俺はこの部屋から出る事にする。




 帰り道で俺が考えていた事は英雄だの悪魔だの呼ばれた男も、結局はただの人間だった…それだけである。






 看守の部屋に戻りしばらくすると、定時のアラームが鳴り始める。


 何とか今日の報告書を完成させた俺は、足早に引き継ぎをするための場所に向かおうとする。


 ようやく部署に辿りついた時には、交代者の朝礼が終わり、丁度引き継ぎが始まる時間だった。




「どうした新人ルーキー?顔色が悪いが何かあったのか?


 今日の引き継ぎ相手はこの仕事場で2年目となる若手の人だ。


 この部署で新人は俺1人なのだが、若手と言われる人が数名しかいないこの部署では新人という言葉は俺にとって早く無くして欲しい言葉でもある。


 そんな事を考えながら引き継ぎをするが、引き継ぎ相手としては別段変わった話では無いらしく報告しただけで質問などは一切無かった。


「そういや今日で一ヶ月だったか? それならニッカさんから『あれ』を貰ったかい? 」


 若手の引き継ぎ相手に話を急に振られて戸惑うが、ロッカー室で渡された小箱を思い出して返答をする。


「そういや小箱を貰いましたけど『あれ』って何なんですか? 」


 俺の言葉に若手は指を一本立てて俺の口に添えてしまう…どうやら聞いてはいけない事のようだ。


 引き継ぎを終えロッカールームに着替えをしに行くが、どうやら他の同僚はもう全員帰ったようだ。


 1人黙々と着替えを終え、ロッカーの中にある小箱を見つめ、誰もいない事を確認してから開けて見る事にする。




 小箱の中には、部署では俺以外のみんながつけている看守のバッチがリボンに結ばれて入っていた。


「おめでとう新人ルーキー! いや、今からは新人とは言えんな」


 バッチを見て驚いていた俺の背後から拍手と共に声が聞こえる。


 慌てて背後を確認すると、俺の部署で1番偉い課長が手を叩きながらこちらを見ていた。


「一ヶ月ここで働けた者のみが付かれるのがそのバッチだ。この部署ではニッカがそのバッチを渡す係でな…お前さんが来るまでかなりの人が入ってきては、いなくなっていたからな。本当に久しぶりだよ」


 どうやらこのブラック企業張りの職場に俺は認められたようだった。


 曖昧に笑いながら課長と握手をして、今日の日払いの給料を貰う。


 1日8時間勤務で3万円。


 多いと喜べばいいのか、精神的にやられるから少ないと嘆けばいいのかは今の俺には判断出来ない。


 この職場で働いている間は、俺は地球での存在自体無かった事になっているからだ。




 今の地球での生活はこの仕事場以外で暮らす為の休憩所でしかない。


 俺はこの職場で早く精神が壊れて元の生活に戻りたかったのだが、予想以上に俺の精神は頑丈なようだ。


 着替えた服をロッカーに入れ、課長と別れた後に部署の自分の椅子へと座る。


 少しの揺れの後、俺は駅のトイレに座っている事を確認して外に出る。


 預けていた荷物を賃貸ロッカーに小銭を入れて取り出すと、今日の晩飯を食べるために夕暮れ時の繁華街へと足を向ける。







 ひょんな事から、今の職場で強制的に働く事になってから早一ヶ月……周りには俺の事を覚えている人がいない街中を歩きながら、今日は記念日となったお祝いに寿司でも食べようかと思いつく。


 いつもと変わらない街中を寿司屋に向けて歩く俺の目に、行方不明になった男のニュースを放送するスマホの画面が映る。


 男の名前は『加藤 勝(38才)』


 どうやら仕事中に連絡が取れなくなり3日ほど経っているようだ。


 俺のように存在している事自体を消された訳ではないので普通に失踪のはずなのだが、やけに気になって仕方がない。


 俺は忘れる為に頭を強く振ると、寿司屋に向かう為の足を早める。


 今の俺には他人を心配する余裕などありはしない。


 精々仕事をこなして早く元の生活に戻れるのを祈るくらいだ。




 何せ今の俺は、自分の不注意の所為で強制的に働く事になったただの監獄の看守でしかないのだから……


























読んで頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 向こうの主人公が想像以上に好かれててホッコリ。 まぁ、豪運も含めて単純な話では無さそうだけど。 [気になる点] 英霊マンションに入居するのが人間限定だとしても人手が全く足りてなさそうな気…
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