番外編 『コタローの憂鬱』『女子大生の憂鬱』
番外編 『コタローの憂鬱』
「ねえ、何でいるの?」
コタローが、こんもりとドッグフードが盛ってある皿に顔を突っ込みながら、訊いた。
横から、白い顔がぐいぐいと押してきて、コタローははあっと溜め息を吐いた。
「ちょっとそれ、ボクのゴハンなんだけど」
「いいじゃない、ちょっとくらい」
「ちょっととか言って、すっごい食べてるよね、それ」
「そんなに食べてないわよ。それに、私が食べる分をママさんが多目に盛ってくれるてるんだから、私にだって食べる権利があるの」
「これドックフードだよ、猫なんかが食べちゃっていいの? おなか壊しても知らないぞ」
呆れ顔で、コタローが鼻をスンスンッと鳴らす。コタローも顔を近づけると、ドックフードをカリカリと食べ始めた。
「ちょっと‼︎ あんまり顔を近づけないでよ‼︎」
「近づけないと食べれないだろ」
まったくもうっ、とふくれっ面。コタローは、さっきから文句ばかり言っている白猫をちらっと横目で見た。
小さな口が、カリカリと音を立てて、動いている。口の周りに、細かい粒がついていて、目が離せなくなった。
(あ、なんか、可愛い……かも)
思ってから慌てて、ないないないっ‼︎ と、否定する。
「何よ、何見てんのよ?」
「べ、別に見てないし。それより、何で猫なの? ってか、何でここにいるんだよ?」
「もう人間になる必要ないし、猿はイヤだし。人間になって、前みたいに明日香が私をライバルーみたいな目で睨んでくるのもウザいしねー」
「はあ、ってか、そうじゃなくってさ。もう『双樹』は枯れちゃったんだから、もう一つの『双樹』にくっつくってか、同化するんだと思ってた」
「はああ? 私たちは双子のようなもんだから、全然、別々だっつーの‼︎ 同化なんて無理に決まってんでしょ」
白猫になったゆかりが、シャーと言って、牙を見せる。
「あ、ママさんっ」
ガラッとベランダの窓が開いて、明日香の母親が出てきた。手には煮干しの徳用袋。
「あらあ、いらっしゃい。いつ見ても可愛いわねえ。ゆーちゃんはあ」
ゆかりは、にゃおうんと猫なで声を上げると、母親の足元にまとわりついた。
コタローのドックフードの皿に煮干しを一掴み置くと、「でもどうして、明日香はこのネコちゃんの名前を知っているのかしら?」とぶつぶつ言いながら母親は中へ入っていく。
「やったあ、煮干しっ‼︎ これ美味しいんだよねー」
パクパクと煮干しを食べ始める。
「あ、ちょっと‼︎ 煮干しをここに置かれると、ボクが食べにくいじゃん‼ よけて食べるの大変なんだぞ‼︎︎」
「食べてみなよー、美味しいよー」
ゆかりが、ヒゲを近づけきて、コタローが鼻をムズムズさせる。
「まったくなんだよもうっ‼︎」
「ひゃい」
ゆかりが、煮干しを一匹咥えながら顔を、ずいっと寄越してくる。
「な、なんだよ」
コタローが怪訝な顔で見る。
「んー」
ゆかりがさらに顔を近づける。
「え、なに、食べろってこと?」
「んー」
「えええ、なに、なんでそんなことしないといけないんだっ」
コタローはオロオロと顔を左右に振った。ゆかりは煮干しを咥えながら、「んー、ひゃやくして、ひゃい‼︎」と言う。
コタローは混乱しながらも、心を決めると、えいっと煮干しを咥えた。むちゅっと唇が触れて、コタローはうわっと思った。顔が火照ってくる。
「ほらあ、美味しいでしょっ‼︎」
ゆかりは、ニヤッと笑うと、くるっと回って去ってしまった。
「はああああ、なんだよもう……」
混乱した頭を落ちつけようと、その場に座り込んだ。ふあっと大きな溜め息を吐きながら、ベランダの窓側に顔を向ける。
そこに、ニヤニヤといやらしい笑顔の明日香を見つけると、ぶはんっとなって、視線を外した。
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番外編 『女子大生の憂鬱』
「ねえ、聞いた? あの子、とうとう鴨池くんをフったらしいよ」
「うそでしょ、あの人気No. 1の鴨池くんをっ????」
「ちょっと変わった子だと思ってたけど、それどーゆーことっ⁉︎」
「変わった子って、光希、知ってんの?」
「だって、同じゼミだもん。小日向 明日香って言うんだけど、いっつもカバンにバナナ入れてんの」
「バナナっ、マジでか⁉︎」
「なになに、天然系?」
「うーん、天然ではない」
「可愛いの?」
「うーん、可愛いっていうか、顔はねえ、なんていうか……」
「じゃあ、何で鴨池くんは好きになったんだっ‼︎」
「知らんっ‼︎」
「よーく見ると、意外と可愛いよ。私も同じ講義取ってるから、知ってるし」
「咲良は採点が甘いからなあ」
「ねえねえ、じゃああのNo.スペシャルくんは?」
「あれは次元が違う」
「ロウくん、前期の時にさあ、ダマされてモデルやらされたって」
「ずっと嫌だって断ってたじゃん」
「それがさあ、彼、すっごい貧乏だって知ってる?」
「で、テニスサークルの男子が勧誘のためにロウくんにお金握らせて、勧誘パンフのモデルにしたんでしょ⁉︎」
「うわあー、あんなに嫌がってたのにい。ひっでーヤツらだな」
「でもさあ、そのパンフだけ飛ぶように持ってかれて、入部希望なし」
「うわ、それもつらっ」
「あ、夕実だっ‼︎ こっちこっち‼︎」
「ごめ〜ん、遅くなったあ」
「今さあ、ロウくんの話してたの。もう、めっちゃカッコいいよねえ。夕実さあ、一緒の講義取ってたよね? 羨ましいぃぃ。ってか、テニサーのパンフ持ってる?」
「あ、持ってるよ。本人から貰ったもん」
「えっ⁉︎」
「ええっ⁉︎」
「なになに、息が揃っとるぞ。光希、咲良、愛ちゃん」
「なんでなんで、夕実、ロウくんと仲良いの?」
「まあね。時々、飲み会も一緒になるよ」
「えーうそ、羨ましいんだけど」
「でも、彼女いるんだなこれが」
「げっ⁉︎」
「分かってたけど、つらっ‼ マジでかああ」
「ロウくんの彼女とか、めっちゃ羨ましいけど、ミスコンNo.1くらいしか釣り合わんでしょ」
「No. 1って、あの舞ちゃん?」
「そうそう、本格的にもう雑誌のモデルもやってるっていう……」
「舞ちゃんはねえ、ロウくんに告白したらしいけど、だいぶ前にフラれたんだよ」
「ええええ⁉︎ ナニソレナニソレ」
「付き合ってる彼女にねえ、」
「うん」
「ベッタリだもん」
「そうなのー???? ウソデショ」
「飲み会行くじゃん」
「うんうん、」
「絶対、彼女連れてきて二人で参加なの」
「うんうん、」
「でね。ロウくんは、じーっと彼女のことばっか見てるわけ」
「ふんふん」
「彼女が立つでしょ」
「うん」
「で、ロウくんもさっと立つの」
「へえ」
「で、彼女がまた座るでしょ」
「……まさか」
「そうっ‼︎ ロウくんも座るんだなこれが」
「……軽くストーカーだなそれ」
「席が別で、離れて座っててもだよっ‼︎」
「バカップルかっ⁉ ︎で、彼女の方も?」
「いやあ、それがさあ。彼女の方はもうねえ、いつ見ても食べてんの。とにかく、リス、いやネズミ? とにかく、食べる食べる」
「ロウくん、ほっといて?」
「そう‼︎ でね、最後に必ずバナナパフェ食べんの」
「バナナっ⁉︎」
「ばなな‼︎」
「……もしかして、その彼女って……」
「小日向さん」
「ああああああっ‼︎」
「…………」
「…………」
「……今度、見にいこ」
「……だね」




