それぞれの想い
「ゆかりさん、本当に『双樹』と話ができるの?」
「そうそう、ちゃんと骨を折ってあげたんだから、感謝してよー」
並んで歩くと、明日香はゆかりの自分より高い身長を感じざるを得ない。顔も小さく、手足は長い。スタイルは抜群だ。
(前は羨ましいって思っていたけど……)
明日香は薄っすらと笑った。
「何よ、気持ち悪っ」
「ごめん、ごめん。嬉しくて。こんな風に並んで歩ける日が来るとは思わなかった」
「あんたにしつこく話しかけられたから、ほだされちゃったのかもね」
「あははー」
明日香が苦笑する。
「ふ、ほんとあんたはパパさん似だわ」
「え⁉︎ 私のパパ???? パパを知ってるの?」
「能天気な人だよねえ。コタローの話にもよく出てきてたし、ちょっとだけ知ってる」
ゆかりが遠い目をしているのを、明日香は横で見ていた。
「懐かしい。パパ、元気かな」
「大丈夫よ。向こうの世界はある程度、時間は止まっているって考えてもいいから」
「…………」
「いつでも帰れるんだよ」
「……ありがとう」
明日香は複雑な想いでそのことを考えた。帰れる、という原理は分かるが、明日香は一人では帰れないのだ。『双樹』を一人では登れないのだから。
「『双樹』にエレベーターがついてればなあ」
独り言のように、言葉が出てきた。ゆかりは苦笑しながら、「甘えるんじゃないよ。そうやってすぐ人に頼ろうとする」と言う。けれど、すぐに言い直した。
「でもまあ、あんたはよくやってるよ」
「うはあ、ありがとう‼︎」
褒められたあーと言って両手を上げて歩いていく後ろ姿を見て、ゆかりは呟いた。
「人選は間違ってなかったってことね。私の見る目もたいしたもんだわ」
それは、小さな小さな言葉だった。
あの時、幼い明日香が川に転げ落ちてきた時。慌てるどころか、『双樹』である自分を見つけると、明日香はニコッと笑って、こちらをじっと見てきた。
(突然だったから、私の方が慌てちゃって……急いで根っこを伸ばして、空気の膜を作ったっけ)
手を伸ばして、枯れた枝をぐっと掴んだ。その力強さ。
( 目が合って、その真っ直ぐな瞳に感化されちゃったんだよねえ。その後のパパさんがまた笑えたんだけど)
ゆかりは、ふっと吹き出した。
「あす、明日香あ‼︎ 大丈夫か? ケガは……痛いところはない? あれ、あれ、何だここ、こんなに浅いのか。あー、びびったあ。ってか、明日香。何だ、その枝は。お、これはいい枝だぞ。この枯れ具合といい、インテリアに使えるかも……て明日香、大丈夫だったかあ????」
(おなか抱えて笑っちゃったもん、あれ)
ゆかりは笑いを噛み締めながら、明日香の横を歩いていった。
✳︎✳︎✳︎
『双樹』と話をするというゆかりと明日香が連れ立って歩いていく後ろを、コタローとロウはついて行った。
「何だかんだとあったもんだから、言い忘れてたけどさ」
コタローが話を先に始めたのを、ロウは苦笑いで迎えていた。
「ああ、」
言われることに大体の察しはつくが、改めてとなると、どこかこそばゆい感じがする。ロウは自分の首の後ろの襟足に手を伸ばし、さすった。
「明日香を泣かせるなよ」
「ああ」
予想が当たり、ロウはさらにその手を頭へと伸ばし、ウェーブのかかった黒髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。
「明日香は頑張り屋だけど、そこまで強くはない。よくヘコむんだ。特にパパさんに怒られた時はね」
「あ、ああ」
「あとママさんは心配性だけど忘れっぽいところがあるから気をつけたほうがいい。時々、ボクのご飯も忘れるんだ。信じられる? ボクのご飯をだよ⁉︎ その度にボクはママさんのエプロンを引っ張って、食品庫に連れていくんだ」
「そ、そうか。それは大変だったな」
ロウが、慌てて頷く。
「あとさ、明日香はああ見えて、すごくニブい。鈍感なんだよ、バカみたいにね。でもさ、そういうところがたまんないだろ。可愛いんだよ、すっごく。天然とかツンデレとか、そういうんじゃないんだ。そんなんじゃないんだけど、なんか可愛いんだよ」
「つ、つんでれ……????」
「とにかく、明日香を大切にしてくれ。あと、おまえ絶対浮気すんなよ。明日香は我慢しちゃうタイプだから、言いたいことが言えない時がある。もし、おまえが浮気したら、ボクが貰うからな」
「よくわかった。肝に銘じるよ」
「あーあ、明日香はボクのこと大好きだし、両想いなんだけどなあ。うまくいかない」
「おまえは明日香をよく見ている。すごいよ」
「そうだよ‼︎ ずっと一緒だったんだ‼︎ だから、絶対に泣かせるんじゃないぞ‼︎」
ロウが返事をする前に、コタローは足を速めて、前を歩くゆかりたちに追いついた。
(明日香は本当に……皆んなから愛される)
ロウは気持ちを新たにし、明日香を守ると、心で強く思った。




