恋人
「だからっ、危ないかもしれないだろ」
「でも、イアンを探さなきゃ‼︎」
「それは、わかってんだよ。でも、オレたちが戻った時はもう、あそこは戦場になってただろ。ユノでも逃げ出したくらいだ。おまえが行ったって……」
「ロウ‼︎」
明日香の怒声に、ロウが躊躇を見せた。今までに小競り合いはあったが、こんな風に怒鳴られることは、今までに無かったからだ。
明日香が、息を吸った。
「ロウ、私は行くって決めたの。イアンにも会わないといけないし、もちろんジャファにも会うつもり。面と向かって話し合わなければ、何も進まない‼︎ 何一つ、解決しない‼︎」
胸に手を当てて、ふうっと息を吐く。
「三国会議を執り行うの。そう説得するの。イェンナもきっと『人−人族』を説得してくれる。そう信じてる。だったら、私だってやらなきゃいけない」
「明日香、」
「お願い、やらなきゃいけないの。ロウ、もし行くのが嫌だったら、ここでマルと待っていて‼︎」
「な⁉︎」
ロウは、ぐっと両手を握り込んだ。
(明日香がこの地に初めて来た時は、弱々しくて心許ない存在だったのに……いつの間に、こんなに力強く感じられるようになったんだ)
「明日香。オレがおまえ一人だけで、行かせるわけないだろ」
明日香が、くしゃっと顔を歪ませる。
「ロウ、ありがとう。大好き」
その言葉を聞いて、ロウは怒りで真っ赤になっていた顔を、さらに赤くすると、「マルと同じかよ」と小さく言った。
ふふっと、明日香が笑った。
✳︎✳︎✳︎
「眠ったか?」
「ううん、まだだよ」
「寒くないか?」
優しい声が、胸に響く。明日香は、並んで横になっているロウへとすりっと身体を寄せた。
「ちょっと寒い」
「もう少し、こっちに来い」
向かい合わせになる。背中に回る手が力強かった。
「ロウ、ごめんね」
「なにがだ?」
「私、ロウを振り回してる、ね」
ロウは暗がりの中、明日香の顔をじっと見つめた。
「おまえのことを強いと思って感心したり、弱いと思って心配したりと、今日は忙しい日だ」
すると、明日香がふふっと吹き出した。
「なあ、オレはおまえを拾った日からずっと、振り回されはいるが、それを一度も嫌だと思ったことはない。おまえに会えて良かったと思っているし……」
声色が変わった。
「好きなんだ……愛してるんだ」
「あ、ありがとう、ロウ」
明日香が俯く。ロウがたまらず手を伸ばすと、明日香の頬に指先が当たった。
ここは明日香が引き起こすミックスに包まれているので、その温度もちょうどいい頃合いのはずなのに、触れたその頬がひやりと冷たい。
「冷えてるな、もっとこっちに来い」
もぞっと身体が近づくと、ロウは背中から腰へと移動させた腕を、ぐいっと引いた。
「あわわわ、近い近い」
突然、焦り出す明日香が面白くて、ロウは少しだけ声を上げて笑う。
「ロウ、大きな声を出したらマルたちが起きちゃうよ」
「そうだな。じゃあ、もう寝るぞ。明日が正念場だからな」
「うん、そうだね」
おやすみ、と言うと、ロウの腕に力が入ったような気がして、胸がどきりと鳴った。いつもより速い心臓の音が、どくんどくんと身体を小刻みに揺らす。
(暗くて良かった。きっと、顔も真っ赤だな、これはこれはあ)
火照った顔を俯くように下げると、その分ロウの胸に近づいた。頭の上で、ロウの呼吸を感じる。すると、ロウが明日香の髪の中に顔を埋めた。
(あ、キス……)
明日香の頬が、かっと熱くなった。身体が勝手にそわそわし始めて、明日香は足を組み直した。膝がトン、とロウの足に当たる。
「あ、ごめ、」
「明日香、」
腰に回っていた腕が離れて、明日香の頬へと辿り着く。
指先が触れたと思うと、ロウが顔を覗き込むようにして近づいてきた。
「明日香、明日香」
何度も優しく名前を呼ばれて、耳が照れたように赤くなっているだろうことを感じる。
「ろ、ロウ」
唇が一瞬、触れた。ロウの唇は、少しだけ硬くて、冷たい。そして、二度目に触れた時。
明日香の脳内は、パニックになっていた。
(ちょちょちょちょ、ちょ待て待てえっ‼︎ うそうそうそ、ぎゃああああ‼︎)
ロウが、一度目より長く、唇を寄せている。
そして、ロウもまた。
(やっちまった、やべえ、どうしよう……どうすりゃいいんだ、これ)
唇を離した。
二人はその後、どうしていいか分からず、無言を貫き通した。




